名刀


 昔々、川口市の伊刈に、ある貧しい鍛冶屋が住んでいた。
 ある日、この鍛冶屋は、とうとうその日の食いぶちにも困る有様になってしまい、何とかして金を作る手立てはないかと思い悩んだ。しかし、家にある物といったら、一本の護身用のなまくら刀しかなかったので、途方に暮れてしまった。
 鍛冶屋には一人の弟子がいた。弟子は鍛冶屋に向かって、こう言った。
「お師匠さま、私に名案があります。そのなまくら刀を五十両に変えてみせますよ」
 鍛冶屋は弟子の言った言葉をはじめは疑っていたが、ほかに手立てがあるわけでもなく、弟子を信用してみることにした。
 弟子は刀を持って、町に出かけた。そして、高々となまくら刀を掲げると、大きな声で道行く人に呼びかけた。
「皆さま、この名刀『貧眠丸』をご覧ください。一見すると、みすぼらしく、さびついていますが、名刀とはこういうものです。このみすぼらしさこそ、実戦で使われてきた証拠です。床の間にお飾りとしてほったらかしになっている、どこぞの刀とはわけが違います。このさびつきもそうです。敵を何人も切り捨て、その血が凝固してできた名誉の証しです。刀とは使ってこそ価値が出るものです。
 今なら、この『貧眠丸』を百両でお譲りしましょう。しかし、ふさわしいお侍さまでなければなりません。名刀は人を選びます。剣の道に通じていない方の手に渡ると『貧眠丸』はたちどころになまくら刀に化けてしまうのです」
 すると、町を歩いていた身なりのよい侍が興味を持ったらしく、弟子に刀のことを詳しく問うた。弟子は「貧眠丸」の由来を、やれ小宮山弾正の宝刀だったの、やれ百人の大将の首をはねただのと、思いついたことを適当に言い放った。侍はすっかり、弟子の口車に乗せられてしまい、なまくら刀を名刀だと思ってしまった。
「『貧眠丸』の切れ味を試してみてください。きっと、お侍さまのような方が使えば、素晴らしい刀であることが分かるでしょう」
 侍は側に生えている柳に斬りつけてみた。柳の枝は地面に落ちたが、切り落としたというよりも、単に切れ味の悪い鉄の棒でたたき落としたような具合だった。侍はだまされたと思って腹の虫がうずいたが、ふさわしくない者が使うと、たちどころになまくら刀に化けてしまうという言葉が気にかかってしまって、自尊心を守るために怒るに怒れなかった。そして、多分、気のせいだろうと思ってしまった。
「どうです、お侍さま。見事な刀でしょう。本当は金百両でお譲りしようかと思っておりましたが、今回は特別に、ただでお譲りしましょう。お侍さまのような方に使っていただけるのなら、それだけで満足です。いやいや、世の中は広い。こんなところで、名刀を使うにふさわしい方に出会えるとは。刀も喜んでいることでしょう」
 侍は弟子の言葉に有頂天になってしまった。侍はただで刀を譲ってもらうのも気が引けるので、百両の半分、五十両を払おうと言った。弟子はこの申し出をわざと何度も断って、自分は決してお金が目当てなのではなく、「貧眠丸」を立派な方に使ってもらいたいだけなのだと言った。しかし、最後には、せっかくですから、お金を頂いておきましょうと言った。
 侍は上機嫌で弟子に礼を言うと、その場を立ち去った。弟子も五十両を持って、鍛冶屋の家に帰った。
 鍛冶屋は五十両という大金を目の前にして驚き、一体どうやって手に入れたのかと弟子に問うた。弟子は、ただのなまくら刀を名刀として偽って、通りがかりの侍に売ったと語った。すると、鍛冶屋の顔はみるみる青ざめ、その場に倒れそうになってしまった。
「おい、お前。もしも、あの刀がただのなまくらだと分かってしまったら、どうするんだ。お侍に手討ちにされてしまうぞ」
「大丈夫ですよ、お師匠さま。果たし合いや戦の最中で気がついたときには、あのお侍はさんずの川にいますからね」



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