驕慢の顔と卑屈の顔


 「並行世界」には巨大な大陸と、そのおまけのように張りついている小さな半島がある。それぞれ、大陸には「大陸の民」が、半島には「半島の民」が住んでいる。
 「大陸の民」は驕慢な人々で、いつも四囲の諸国民に対して脅しをかけていた。
「敗北の栄光か、勝利の破滅か」
 「半島の民」をはじめとする臆病で弱き民たちはこの言葉におびえるあまり、いつしか抵抗することもなく「大陸の民」につき従うようになった。
 「大陸の民」は満足した。周囲の民全てが「大陸の民」に貢ぎ物を献上してこうべを垂れた。特に「半島の民」のあがめ方は好ましく、数え切れないほどの金銀財宝と数百人に及ぶ美女たちを贈ってきて、
「『大陸の民』こそ、この世で最も強き民です」
 と、褒めたたえた。しかし、はじめこそ機嫌のよかった「大陸の民」であったが、あまりにも「半島の民」が自分を持ち上げるので、その卑屈さがだんだんとかんに障るようになった。
 いら立ちは日を重ねるにつれて大きくなっていった。しまいには「大陸の民」は「半島の民」を抹殺しようと思い立った。
 「大陸の民」は大勢の軍隊を「半島の民」が住んでいる半島に差し向けた。しかし「半島の民」は、自分の家が焼け落ちるのを見ては歓喜して踊りまわり、金は奪われる前に全てを差し出す始末であった。そして、恥知らずな被害者は相変わらずこんな調子だった。
「『大陸の民』こそ、この世で最も強き民です」
 「大陸の民」の軍勢は興ざめして「半島の民」に唾を吐きかけると本国に帰ってしまった。「半島の民」を抹殺する手間すらもばからしくなったのだ。
 「大陸の民」は長い間、退屈な日々を過ごした。誰も自分に逆らおうとはせずに「半島の民」のような人々がひっきりなしにお世辞を言いに訪ねてくるからである。
 ある日のこと、「大陸の民」は飛び上がるようにして喜んだ。先刻、訪ねてきた「半島の民」から、いまだ「大陸の民」に従わない民がいることを教えられたのである。話によると、その民は「列島の民」といい、大陸と半島の近くにある島に住んでいるらしい。
 早速、「大陸の民」は「列島の民」に向かって呼びかけた。
「敗北の栄光か、勝利の破滅か」
 しばらくして「列島の民」から返信があった。
「鋼の国の『皇帝』から、銅の国の『国王』に返答する。敗北の栄光か、勝利の破滅か」
 「大陸の民」は激怒した。
 すぐさま「大陸の民」は「列島の民」の国に軍勢を派遣した。「半島の民」もつき従って、多数の兵士を提供した。
 「列島の民」の抵抗は、予想以上のものだった。海岸線には多数の石垣が作ってあって、待ち構えていた「列島の民」の軍勢が無数の火矢を放って攻撃してきたのである。火矢はことごとく「大陸の民」と「半島の民」の兵士を射抜いて、乗ってきた大船が次々に燃え上がった。
 それでも、火矢をくぐり抜けて「列島の民」の地に大陸と半島の連合軍は上陸した。しかし、ここでも予想外の事態が起こった。「列島の民」の戦士たちは切れ味の鋭い長剣で襲いかかってきて、大陸と半島の連合軍をことごとく蹴散らしてしまったのだ。
 とうとう、大陸と半島の連合軍は、恐れをなして自分たちの船に退避するしかなくなった。しかし、そのときである。すさまじい台風が大陸と半島の船団を直撃した。ほとんどの船が海中深くに没して、多数の溺死者を出した。しかも、わずかに生き残った船を「列島の民」の船団が追撃してきて、生き残った者の首をことごとくはねてしまった。完全に「大陸の民」の負け戦であった。
 「大陸の民」は敗戦を悔やんで、いま一度戦いを挑もうとしたが、結局やめることにした。凄烈に抵抗して自分の国を守った「列島の民」に畏敬の念を抱いたからである。「大陸の民」は「列島の民」に親書と金印を贈って、同盟を求めた。こうして「列島の民」と「大陸の民」は対等な関係を構築した。
 一方、「半島の民」は面白くなかった。「半島の民」は「大陸の民」に陳情した。
「『大陸の民』が母なら、わが『半島の民』は兄であり、『列島の民』は弟のようなものです。かのごとく反抗的な『列島の民』には銀印で充分です。わが『半島の民』にこそ、金印を頂戴したいものです。わが『半島の民』は、偉大なる『大陸の民』のご威光にひれ伏しています。『大陸の民』に引っぱたかれても蹴飛ばされても、笑顔でいられます」
 「大陸の民」は、あまりの卑屈さと下劣さに辟易して、思いっ切り「半島の民」を蹴飛ばした。もちろん、「半島の民」は言葉どおり、蹴飛ばされた傷痕を見ても平然としていた。「大陸の民」はすぐさま「半島の民」を追い出してしまった。
 「半島の民」が「大陸の民」に陳情に出向いたことは「列島の民」にも伝わった。「列島の民」は「半島の民」が言い放ったことに耳を疑った。
「『大陸の民』が母なら、わが『半島の民』は兄であり、『列島の民』は弟のようなものです」
 「列島の民」からすれば、「大陸の民」は母などではなく、まして「半島の民」のような被征服民が兄であり、自分が弟であるとの区別は信じられないような妄言であった。「列島の民」は三者とも同等の地位にあるべきであると考えていた。
 不埒な「半島の民」を懲らしめてやろうとする動きが「列島の民」の間に持ち上がった。話し合いの末、「半島征伐」の軍が組織されることとなった。
 征伐軍は破竹の勢いで「半島の民」をせっかんした。「半島の民」は武を軽んじ、文を重んじていたので満足な軍勢を持っていなかったからである。しかも、文を重んじるといっても、学問と評するにはおこがましいほどのものであって、形骸化した科挙制度のなれの果てにすぎなかった。腐敗した役人たちが私服を肥やす一方で、民衆は貧しさにあえいでいた。
 「半島の民」は「列島の民」に征服されてしまうと、真っ先に「大陸の民」に助けを求めた。「大陸の民」は快く応じて、多数の軍隊を送ることを約束した。「半島の民」は大喜びしてこう言った。
「『大陸の民』こそ、この世で最も強き民です」
 しかし、「大陸の民」は「半島の民」を救いたいがために軍勢を送ることを約束したのではなかった。わが「大陸の民」の領土である「半島の民」の地を征服するとは何事か、としか思っていなかった。「半島の民」がどうなろうと知ったことではなかった。
 「大陸の民」の軍勢は「半島の民」の国に到着した。しかし、あっという間に「列島の民」の軍勢に追い返されてしまった。「列島の民」は「大陸の民」の領土深くまでそのままの勢いで反撃した。「大陸の民」の軍勢は粘り強く戦ったが、どうしても「列島の民」の軍勢に歯が立たなかった。以前に「列島の民」を屈服させようとして戦いを挑んだときよりも、さらにひどい状況になってしまった。
 「大陸の民」は仕方なく講和を申し込んで「列島の民」に領土の割譲と賠償金を支払うことで許しを請うた。
 以降、「大陸の民」は驕慢な態度を取ることが少なくなった。まるで「半島の民」のように卑屈になってしまった。その「半島の民」も以前に輪をかけるようにして卑屈になってしまった。おまけに、三者の平等を願っていた「列島の民」も、「大陸の民」の悪しき振る舞いである驕慢な態度をいつしかまねするようになってしまった。



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