歩兵第三十連隊ニ於ける陸軍下士卒ノ歯牙検査成績報告 (『歯科学報』より)


題名
歯科学報
著者
八百枝正皐
出版
歯科学報社

大正七年十一月二十八日印刷
大正七年十二月一日発行
備考
大正七年十二月号


○歩兵第三十連隊ニ於ける陸軍下士卒ノ歯牙検査成績報告
A Statistic Review of the Dantal Inspection in Infantry Regiment.
By Dr. Seiko Yaoeda, Niigata.

新潟県三条町
東京歯科医学士 陸軍歩兵少尉 八百枝正皐

 小学児童ノ歯牙検査成績ハ諸家ニヨリテ多数報告セラレタルモ、兵営ニ於ケル検査成績ハ本年八月歯科学報ニ報告セラレタル小川義治氏ガ近衛工兵隊ニ於ケルモノヲ除キテハ詳細ナルヲ見ズ。予ハ本年六月勤務演習中ニ際シ村松歩兵第三十連隊ノ下士兵卒千二百二十九名ニ就キ、歯牙検査ヲ施行シ得タル成績ノ要領ヲ茲ニ報告シ諸家ノ参考ニ供セントス。
 教育ノ関係上充分ノ時間ヲ検査ニ用フル事能ハザルヲ以テ、全員ヲ詳細ニ検査スルヲ得ザリシハ遺憾トスル所ナレドモ、連隊長並ニ軍医ノ充分ナル理解ト熟誠ナル援助トニヨリテ、之ヲ遂行スル事ヲ得タルハ予ノ深ク感謝スル所ナリ。

第一 検査人員

 在営年数ニヨリテ人員ヲ区分スレバ第一表ノ如ク、之レヲ全員ニ比スレバ約三分ノ二ニ相当スルモノトス。初年兵ハ約五分ノ一ヲ減ジ、二年兵ハ約二分ノ一ヲ減ジ、下士ハ約二分ノ一ヲ減ジタルハ諸勤務演習等ニヨル事故者ヲ出シタルニ因ルモノナリ。

第一表


初年兵
一年志願兵
士官候補生
二年兵
下士
下士
下士
下士
下士
下士
下士
下士
下士
下士
合計
在営年数
1
1
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12

人員
七〇五
二四

四五六
一四









一、二二九

備考 在営年数ハ本年十一月ヲ以テ満年ニ達スルモノトス

第二 検査要領

 検査ハ主トシテ衛生状態ノ如何ヲ主眼トセルヲ以テ、次ノ如キ数項ニ分チテ施行セリ。
 (一)歯牙ノ疾患 詳細ニ病名ヲ以テ区分スル希望ナリシモ、時間ノ少ナカリシ関係上単ニ虫歯数及齲蝕ノ程度ニ就テ検査スルニ止メタリ。而シテ齲蝕ノ程度ハ次ノ如ク五度ニ分チタリ。

  第一度     琺瑯質ノミノ齲蝕
  第二度     象牙質ニ達スル齲蝕
  第三度     歯髄腔ニ達スル齲蝕
  第四度     歯冠部概ネ崩壊セルモノ
  第五度     抜去セラレタルモノ

 (二)虫歯ニ対スル処置 単ニ種類及ビ員数ニ就テ記録スルニ止メタリ。而シテ種類ニ就テハ次ノ如ク区分セリ。

  金充塡
  銀充塡
  「セメント」充塡
  「ガッタバーチャー」充塡
  金冠     銀其ノ他ノ材料ノモノヲモ含ム
  継続歯
  架工歯     支台ヲ除キタル数ヲ以テス
  有床義歯     欠損部歯牙ノ数ヲ以テス

 (三)口腔衛生状態 清掃材料、清掃状態等ニ就テ簡単ニ調査スルニ止メタリ。

第三 検査成績

 (一)虫歯ヲ有スル人員 虫歯ヲ有スルモノハ検査人員千二百二十九名中、千百六十名ニシテ九十四%ニ相当スル事第二表ノ如シ。

第二表


検査人員
虫歯ヲ有スル人員
百分率
人員
一、二二九
一、一六〇
九四・三九

 (二)虫歯ノ数 虫歯ノ数ヲ其ノ程度ニヨリテ比較スレバ第三表ノ如シ此ノ表ニ於テ角度ニ示シタル人員ハ其ノ度ノ齲蝕ヲ有スル人員ヲ示シタルモノニシテ、一人ニテ角度ノモノヲ有スル際ニハ五人トシテ計算セリ。総平均ニ於ケル人員ト検査人員ヲ以テシ、計算人員ヲ以テ示サズ。第一度ノモノ一人平均六・八本ハ軽微ナル琺瑯質齲蝕(「ハイポプラシア」トハ区別セリ)ヲモ包含セルヲ以テ、斯ノ如ク多数ヲ示シタルモノニシテ第二度ノ二・二二本ト第三度ノ一・五一本ハ充塡セラレタルモノニ就テハ、判然区別シ難キヲ以テ齲蝕外観ノ小ナルモノハ第二度ニ包含セシメタルヲ以テ、斯ノ如キ差ヲ示シタルモノナリ。一人平均齲蝕数ハ八・三五本ニシテ、小川氏ノ二・四九本ニ比ベテハ五・八六本ノ多キヲ見タリ。調査歯数ハ第三大臼歯ノ出齦セザルモノヲモ出齦後健在スルモノトシテ計算シタリ。而シテ第二、第三、第四度ノ如ク急ニ処置ヲ要スルモノハ全調査歯数ニ対シテ四・四七%ニシテ、全虫歯数ニ対シテ一三・一四%ナリトス。又虫歯全数ハ全調査歯数ニ対シテ二四・六四%ニシテ、小川氏ノモノニ比ベテハ一八・二九%ノ多キヲ見タリ。

第三表


調査歯数
虫歯全数
第一度
第二度
第三度
第四度
第五度
第一、第五度ヲ除キタルモノ
虫歯数
三九、三二八
九、六九三
七、七一五
一、二一八
二九〇
二五〇
二二一
一、七五八
虫歯ヲ有スル人員

一、一六〇
一、一三五
五四八
一九二
一四七
一四三
八八七
一人平均数

八・三五
六・八〇
二・二〇
一・五一
一・七〇
一・五五
一・九八
平均数ノ百分率

一〇〇・〇〇
四九・三五
一六・一一
一〇・九五
一二・三三
一一・二五
三九・三九
調査歯数ニ対スル百分率
一〇〇・〇〇
二四・六四
一九・六一
三・一〇
〇・七三
〇・六四
〇・五六
四・四七

 更ニ之レヲ下士兵卒ニ分チテ比較スレバ第四表ノ如シ。本表ニ於テモ人員数及ビ平均数ハ第三表ニ準シテ製作セリ。在営年数三年ヨリ十二年ニ至ル下士ニ於テハ一人平均四・六五本ニシテ、二年兵(検査迄一年七ケ月在営)ニ於テハ四・五六本、初年兵(検査迄七ケ月在営)ニ於テハ四・五本ヲ示セリ。一年志願兵ノ三・四本、士官候補生ノ二・五本ハ少数ノ統計ナルヲ以テ確カナラズ。二年兵ト初年兵トノ間ニ於ケル○・○六本ノ増加ハ、主トシテ第一度及第五度ノ増加ニ因ルモノニシテ第四度ニ於テハ却テ二年兵ニ於テハ減少セリ。是レ余ガ治療ヲ加ヘタル事ガ初年兵ヨリモ二年兵ニ多カリシニ因ルモノナリ。

第四表


下士
二年兵
初年兵
一年志願兵
士官候補生
合計
虫歯数
三四四
三、六九七
五、四四三
一九四
一五
九、六九三
虫歯ヲ有スル人員
七四
八一〇
一、二一八
五七

一、一六〇
一人平均数
四・六五
四・五六
四・五〇
三・四〇
二・五〇
八・三五
平均数ノ百分率
二三・七一
二三・二五
二二・九五
一七・三四
一二・七五
一〇〇・〇〇


 第五表ニ於テハ主トシテ上下、左右ノ各歯牙ノ齲蝕ノ程度ニヨル虫歯数ヲ示セリ、本表ニヨリテ見ルニ(上顎四九八七本)ハ下顎(四七〇六本)ヨリモ多クシテ小川氏ニ反ス。又左側(四九八七本)ハ右側(四七〇六本)ヨリモ多キヲ知ル。

第五表



第一度
第二度
第三度
第四度
第五度
合計

第一度
第二度
第三度
第四度
第五度
合計

上顎計
二、一六六
二五九
五二
四〇
三四
二、五五一
下顎計
一、八〇七
二六二
九八
八九
八〇
二、四三六
左側
第三大臼歯
第二大臼歯
第一大臼歯
第二小臼歯
第一小臼歯
犬歯
側切歯
中切歯
六四
五三四
六〇三
四六五
四五〇

二一
二六
一七
八一
六七
一四
一三

二二
三九

一七
二八







一七













八二
六四一
七一八
四八九
四七二
一三
五九
七七
第三大臼歯
第二大臼歯
第一大臼歯
第二小臼歯
第一小臼歯
犬歯
側切歯
中切歯
七六
六八五
七〇八
二三〇
一〇六



一八
二〇二
一〇九
一七





四〇
四九






二四
五六






一四
三九
一七




九七
九六五
九六一
二七四
一二一



右側
中切歯
側切歯
犬歯
第一小臼歯
第二小臼歯
第一大臼歯
第二大臼歯
第三大臼歯
三二
二一

四三四
四四七
五六五
四九〇
六四
四〇
二二

一五
一二
七七
六八
二一





一四
一三






二一










八四
五四
一一
四五七
四七二
六八四
五八三
九一
中切歯
側切歯
犬歯
第一小臼歯
第二小臼歯
第一大臼歯
第二大臼歯
第三大臼歯



一〇四
一九九
六七三
六三六
七一




二七
一一四
一六九
一二





四五
四四






四〇
二二





一一
四二
一五




一一五
二四八
九一四
八八六
九〇

上顎計
二、〇五五
二五九
四一
五〇
三一
二、四三六
下顎計
一、六八七
三三七
九九
七一
七六
二、二七〇

 第六表ニ於テハ主トシテ上下顎各歯牙ノ罹患率ヲ示ス目的ヲ以テ齲蝕ノ程度ニヨリテ虫歯数ヲ示セリ。其ノ率ノ最モ大ナルモノハ下顎第一大臼歯ニシテ、最モ少ナキハ下顎中側切歯トス。上下顎知歯ハ上顎前歯ヨリモ寧ロ罹患率大ナルヲ見ル。

第六表

上顎
下顎

第一度
第二度
第三度
第四度
第五度
合計
序列

第一度
第二度
第三度
第四度
第五度
合計
序列
中切歯
側切歯
犬歯
第一小臼歯
第二小臼歯
第一大臼歯
第二大臼歯
第三大臼歯
五八
四二

八八四
九一二
一・一六八
一・〇二四
一二八
七九
四四
一〇
二八
二六
一四四
一四九
三八



一〇

三七
三〇

一二
一三



三八
一三

一一
一二



一五


一六一
一一三
二四
九二九
九六一
一、四〇二
一、二二四
一七三
11
12
13
6
5
3
4
10
中切歯
側切歯
犬歯
第一小臼歯
第二小臼歯
第一大臼歯
第二大臼歯
第三大臼歯



二一〇
四二九
一・三八一
一・三二一
一四七



一七
四四
二二三
三七一
三〇





九四
八四





一二
九六
四六





二八
八一
二九

一一
一〇
一四
二三六
六二二
一、八七五
一、八五一
一八七
15
16
14
8
7
1
2
9
合計
四、二二一
五一八
九三
九〇
六四
四、九八七

合計
三、四九四
六九九
一九七
一六〇
一五六
四、七〇六


 (三)虫歯ニ対スル処置 第七表ニ於テハ主トシテ欠損部補綴ノ数ヲ示セリ。然レドモ其ノ処置ノ適否ニ就テハ時間ノ関係上詳細ニ検査スルコトヲ得ザリシト雖モ、約半数ハ不適当ナルモノヽ如シ。
 第二度及ビ第三度齲蝕合計一五〇八本中充塡セラレアルモノ二五三本ニシテ約四分ノ三ハ何等ノ処置セラルヽ事ナク、第四度虫歯二五〇本中継続歯ヲ施サレタルモノ一六本ニシテ、残余ノ二三四本ハ残根トシテ存在スルモノナリ。又第五度虫歯(即チ抜歯セラレタルモノ)二二一本中有床義歯及架工歯ヲ以テ補綴セラレタルモノ七一本ニシテ、其ノ余ノ一五〇本ハ何等ノ処置セラレタルヲ見ズ。金冠セラレタルモノハ各度ニ包含セシメズシテ健全ナルモノトシテ計算セリ。
 一般ニ此ノ地方ノ人ハ虫歯ニ対シテハ冷淡ニシテ、疼痛ノ存在スルモノハ程度ノ如何ニ拘ハラズ速ニ抜歯シテ義歯スルヲ好ミ、疼痛ナキ時ハ自然ニ崩壊スルヲ待ツガ如キ感アリ。故ニ充塡セラレタル割合ヨリモ義歯セラレタル割合ノ多キヲ認ム。

第七表

種類
員数
種類
員数
金充塡
銀充塡
「セメント」充塡
「ガッタパーチャ」充塡
二五
二〇四
九六
二八
金冠
架工歯
継続歯
有床義歯
一二二

一六
七一

 (四)沈着物 全検査人員中沈着物ノ全ク存在セザルモノ一名モナシ。其ノ最モ甚シキモノハ唾石ニシテ、半側上下顎共ニ埋没セラレタルガ如キモノアリ。次デ多キハ血石ニシテ其ノ大部分ハ歯齦炎ヲ伴ナヘ、甚シキモノハ必ズ歯槽膿漏ヲ伴フモノニシテ歯槽膿漏患者ノ少ナカラザルハ小川氏ノ所見ト同様ナリ。然レドモ概シテ程度ハ軽症ニシテ治療ノ望ミアルモノナリ。尤モ抜歯ノ止ムナキモノモアリ。其ノ他緑色沈着物ノ存在ヲ認メタルモノ二三名アリ。歯垢ノ如キニ至リテハ存在スルヲ以テ寧ロ普通トスルガ如キ観アリ。

 (五)其他ノ事項 第八表甲乙丙ニ於テ歯科衛生思想ノ普及如何ヲ知ル目的ヲ以テ調査セル結果ヲ示セリ。

第八表甲

調査事項
検査人員
虫歯ヲ有スル人員
当該人員
検査人員ニ対スル百分率
齲蝕ノ存在セル事ヲ知リ居タルモノ
歯ノ痛ミタルコトアルモノ
入隊前歯ヲ治療セルコトアルモノ
入隊後歯ヲ治療セルコトアルモノ
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、一六〇
一、一六〇
一、一六〇
一、一六〇
五〇八
四一四
二五七
一八五
四一・三三
三三・六九
二〇・九一
一五・〇五

第八表乙

調査事項
検査人員
当該人員
検査人員ニ対スル百分率
入隊前歯刷子ヲ用ヒザリシモノ
一、二二九
八六
六・九九
歯刷子ノ硬度ニ就テノ嗜好{
硬キモノ
軟キモノ
中度ノモノ
不明ノモノ
「ゴム」製ノモノ
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
六八六
五二八
一一


五五・八二
四二・九六
〇・九〇
〇・二四
〇・〇八

第八表丙

調査事項
種類
検査人員
当該人員
検査人員ニ対スル百分率
現在使用シツヽアル磨歯粉ノ種類{
ライオン
クラブ
バラ
レート
モデル
食塩
用ヒザルモノ
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、二二九
一、一一六
六〇
三七




九〇・八一
四・八八
三・〇一
〇・五七
〇・〇八
〇・〇八
〇・五七

第四 検査成績ノ比較

 第九表ニ於テ検査成績ノ比較ヲ示セリ。本表ニ於テハ小学児童ノモノト比較スルコト困難ナルヲ以テ小川氏ノモノト比較スルニ止メタリ。虫歯ヲ有スルモノヽ百分率ニ於テハ小川氏ヨリモ二一・〇六%多ク、虫歯数ノ百分率ニ於テ一八・二九%多シ。

第九表

検査者
検査場所
調査人員
虫歯ヲ有スル者
同上百分率
調査歯数
虫歯数
同上百分率
小川氏
近衛工兵大隊医務室
二二九
一六五
七三・三三
六、四七八
四一一
六・三五
八百枝
村松歩兵第三十連隊
一、二二九
一、一六〇
九四・三九
三九、三二八
九、六九三
二四・六四

第五 結論

 前述ノ如キ検査成績ヲ概括シテ次ノ如キ結論ヲ得タリ。
 一、検査人員一、二二九名中ニ虫歯ヲ有スルモノ一、一六〇名ニシテ、九四・三九%ニ相当ス。
 二、虫歯総数ハ九、六九三本ニシテ、調査虫歯数三九、三二八本ニ対シ二四・六四%ニ相当シ、之レヲ虫歯ヲ有スル一、一六〇名ノ一名平均虫歯数トスレバ八・三五本ヲ有ス。
 更ニ下士兵卒トヲ比較スルニ下士ハ一名平均四・六五本、二年兵ハ四・五六本、初年兵ハ四・五〇本ナリ。又程度ニヨリテ比較スルニ一度ノモノハ平均六・八〇本ニシテ、二度ハ二・二二本、三度ハ一・五〇本、四度ハ一・七〇本、五度ハ一・五五本トナル。
 三、虫歯総数ヲ上下顎ヲ以テ比較スルニ、上顎ハ下顎ヨリモ多ク左右側ヲ以テ比較スルニ左側ハ右側ヨリモ多シ。
 四、各歯牙ヲ比較スルニ上下顎第一大臼歯最モ多ク、下顎中側切歯最モ少ナシ。更ニ第一大臼歯ヲ上下ニ比較スルニ下顎ハ上顎ヨリモ多シ。
 五、虫歯ニ対シテ施サレタル処置ヲ見ルニ第二度、第三度ノ内四分ノ三、第四度ノ内ノ十五分ノ十四、第五度ノ内ノ三分ノ二ハ何等ノ処置ヲ見ズ。
 六、沈着物ハ全員ニ之レヲ認メ、比較的多量ノモノ多シ。其ノ甚ダシキモノハ歯齦炎、歯槽膿漏ヲ供ヘタルヲ見ル。沈着ノ原因ハ清掃不充分ニヨルカ又ハ食物、飲料水等ニヨルモノナルカ断定スル能ハズ。
 七、虫歯ノ近因トシテ下士兵卒ノ答フル所ニヨレバ「キヤラメル」及ビ酒保販売ノ「パン」ヲ常用セル事ト、演習、勤務等ノ多忙ナル際ハ数日間全然口腔清掃ヲ怠ルト言フ。齲蝕予防上一考ヲ要スルモノナリ。
 八、以上結論ヲ要スルニ齲蝕率ハ比較的多ク、保健状態亦不良ニシテ口腔衛生思想ノ乏シキヲ見ル。之レガ改善ニ向ツテハ一般青年ノ口腔衛生思想ノ向上ヲ計ルヲ急務トスルト雖モ、一面ニ於テハ軍隊歯科衛生施設ヲ尚一層完成セラレン事ヲ望ムモノナリ。
 筆ヲ擱クニ臨ミ本検査ニ際シ参照セル先輩諸氏ノ業績ニ対シテ多大ノ敬意ヲ表シ、猶ホ熟誠ナル援助ヲ賜ハリタル連隊長歩兵大佐鉾田俊氏並ニ衛戍病院長三等軍医正増田貞吉氏以下各将校ト、検査ニ当リ助力セラレタル当時一年志願兵トシテ在隊中ノ東京歯科医学士大渓二六氏ニ対シ厚ク感謝ノ意ヲ表ス。

付 軍隊ニ於ケル歯牙検査ニ際シテノ所感

 先輩諸氏ノ報告セラレタル業績ニ就テ見ル時ハ、其ノ苦心セラレタル跡歴然トシテ存シ、参照スル際ニハ多大ノ敬意ヲ表シタリト雖モ、歯牙検査ヲ計画シ実行シ更ニ統計ヲ製作スルニ至リテ、諸氏ノ苦心ヲ一層適切ニ感ズルヲ得タリ。而シテ今回ノ実施ニ当リテ感ジタル所多カリシト雖モ、些細ナル点ヲ除キタル二三ニ就テ記スレバ次ノ如シ。

(一)歯牙検査事業ニ就テ

 由来歯牙検査タルヤ歯科公衆衛生ニ関スル根本問題ニシテ、一年間ニ雑誌ニ報告セラルヽ同種類ノモノガ僅々只五六ニ過ギザルガ如キ状態ニ在リテハ、到底其ノ目的ヲ達スル事能ハザルナリ。現在ニ於ケル状況ハ僅カニ好事家ガ物好キニ実施シツヽアルガ如キ観アリ。斯ノ如クシテハ百年ヲ経ルト雖モ全国各種ノ統計ヲ得ル事能ハザルベシ。
 斯ノ如キ事業タルヤ到底個人ノ力ヲ以テ制一ニ実行スベカラザルモノニシテ、必ズヤ相当ニ理解セル者ノ結合ヨリナル大ナル力ヲ利用セザレバ満足ナル結果ヲ得ベカラザルモノナリ。而シテ此ノ大ナル力トシテ利用シ得ベキモノ種々アリト雖モ、最モ適当ナルハ歯科医師会トス。之レ予ガ年来ノ希望ナリシト雖モ、今回ノ検査実施ニ当リ更ニ適切ニ感ズルニ至リシモノニシテ、其ノ実行ニ関シテハ諸々ノ状況ニヨリテ異ナル可キハ当然ナリトスルモ、被検者ヲ管理スル者ヲシテ相当ニ理解セシメザレバ到底満足ナル結果ヲ得ザルベシ。斯ノ如キ理由ヨリシテモ歯科医師会ノ如キ力ヲ以テスルニ非ザレバ、此ノ事業ヲ実施シ得ベカラザル可シ。

(二)調査事項ニ就テ

 歯牙検査ニ関スル先輩諸氏ノ業績ヲ見ルニ概ネ一致スル点ヲ見ルト雖モ、是等ヲ総合シテ比較研究セントスル際ニ屢々困難ヲ生ズル点ヲ発見スベシ。最モ比較ニ困難ヲ感ズルハ統計ニ於ケル数字ノ現ハシ方ニシテ、折角引用セルモノモ或ル事項ニ関シテハ空欄トシテ存セザル可ラザル場合アリ。之レ主トシテ検査者ノ調査ニ際シテ着眼点ヲ異ニスルニ因ルト雖モ、亦一方ニ於テハ統計ノ基準トナルベキ制式ノ存セザルニ因ルモノトス。茲ニ於テ予ハ其ノ制式タルベキモノヲ一日モ早ク先輩諸氏ニヨリテ考案セラレン事ヲ希望スルモノニシテ、学童、軍人、其ノ他一般ニ共通ナルベキ根本的事項ト特殊ノ場合ニ於ケル注意トヲ規定セラレ更ニ数字ヲ以テ示スベキ統計表及ビ検査ニ用フル調査表等ノ制式ヲ定メラルレバ、検査ニ際シテ其ノ準備ニ其ノ実施ニ其ノ報告ニ便利ナル点多カルベシ。

(三)軍隊ニ於テ検査ニ適当ナル時期

 軍隊ニ在リテハ教育ニ用フル時間ハ概ネ規定ニヨリテ計画セラレアルヲ以テ、検査ニ要スル多大ノ時間ヲ得ル事ハ不可能ナリ。故ニ可及的多数ノ人員ニ就テ検査ヲ施行セント欲スレバ、勢ヒ其ノ適当ナル時期ヲ選バサル可カラズ。各兵科ニヨリテ差異アルヲ以テ一般ニ之レヲ適用スベカラズト雖モ、歩兵隊ニ在リテハ第一期(十二月ヨリ三月迄)ハ初年兵教育極メテ多忙ニシテ、第二期(四月ヨリ六月迄)ハ二年兵初年兵共ニ演習ノ為メ閑暇少ナク、第四期(十月頃ヨリ)以後ハ行軍、野外演習等ノ為メ在営スル事少ナシ。只第三期(七月ヨリ九月迄)ニ於テハ概ネ極暑ノ候ニテ検査ニハ困難ヲ極ムルト雖モ、約一ケ月ニ亘リテ毎日午後午睡時間二時間宛ヲ設ケラルヽヲ以テ、此ノ時間ヲ利用セバ敢テ教育ニ支障ヲ来ス事ナク、優ニ一個連隊ノ検査ヲ遂行スル事ヲ得ベシ。付記シテ以テ将来歩兵隊ノ検査ヲ施行セラルヽ諸氏ノ参考ニ資セントス。

○米国歯科

去る七月十三日シカゴ市に開催せられたる米国歯科教育会議 Dental Educational Council of America に於ては議決の結果、現時の米国歯科大学並に専門学校四十七校をABCの三級に区分し、夫々教育法並に設備に就て規定せり。その詳細は追つて本誌に訳載せんも、A級の歯科医学校は十六校(「ハーヴァード」、「ペンシルヴェニア」、「タフト」、「カリフォルニア」、「イリノーイ」、「ミシガン」、「ノースウェスターン」、「ミネソダ」等知名の大学)にして、B級は二十七校(「シカゴ、カレーヂ」、「メリーランド」、「ウォシントン」、「ヂォーヂ、ウォシントン」、「フィラデルヒア、カレーヂ」等)、C級は僅かに四校なり。凡そ歯科医学校としてはその卒業生が各州の歯科開業試験に臨みし際二年以上継続して二十五%より多くの不合格者を出すべからず。而してA級に属する学校にては不合格者は十%以下なるを要すといふ。



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