おしどり |
陸奥の国、田村の郷の住人に村允(そんじょう)という名のたか匠がいた。 ある日、村允は狩りに出かけたが、獲物に恵まれなかったので家に帰ることにした。途中、赤沼というところまで来ると、川を渡ろうとしているつがいのおしどりが目に入った。 おしどりをあやめてしまうのは感心したことではないが、村允はあいにく腹を空かせていた。気がとがめたものの、つがいのおしどり目がけて矢を放った。矢は雄に命中して、雌は慌てふためいて向こう岸のい草の茂みに逃げ去った。村允は家に帰ると、射落とした鳥を調理して食した。 その日の夜、村允は不思議な夢を見た。美しい女が枕元に立ってさめざめと泣くのである。村允は胸が張り裂けそうになった。 女はやがて、村允に向かって大声で言った。 「村允さん、どうして主人をあやめたのですか。一体、あの人が何をしたというのですか。私たちは心の底から愛し合って幸せに暮らしていたのに、何の理由があって、こんなむごいことをなさるのですか。主人亡き今、もう生きていけません。あなたは、私をも殺しておしまいになったのですよ。きっと、犯した罪の重さをご存知ないのでしょう。しかし、明日の朝、赤沼にいらっしゃれば、すべてが明らかになります」 次の日の朝、村允は夢に出てきた女の言葉が気にかかった。半信半疑ではあったが、赤沼に行ってみることにした。 赤沼に着くと、昨日見た雌のおしどりが一羽だけで泳いでいた。雌のおしどりは村允の姿を見つけると、身じろぎ一つしなくなった。 しばらくすると、雌のおしどりが突然、けたたましい声で泣き叫ぶやいなや、くちばしで全身をつついて命を絶った。 村允は出家して僧になった。 参考文献 『怪談』 ラフカディオ・ハーン 著 平井呈一 訳/岩波書店 『怪談・奇談』 ラフカディオ・ハーン 著 田代三千稔 訳/角川書店 『怪談』 ラフカディオ・ハーン 著 繁尾 久 訳/集英社 『完訳・怪談』 ラフカディオ・ハーン 著 船木 裕 訳/筑摩書房 |
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