愚かな願いごと


 昔、あるところに一人のきこりが住んでいましたが、貧しい暮らしにたえかねて愚痴をこぼしました。
「神はむごい。いくら祈っても一度として願いをかなえてくれたことがない」
 すると、どこからともなく雷の火矢を手にしたユピターが現れました。きこりは突然のユピターの来訪に恐怖して、ひれ伏しました。
「お願いです。何も望みませんから、どうか命だけはお助けください」
「恐れることはない。嘆きを聞いてやってきたのだ。お前の逆恨みを間違いだと分からせるためにな。約束しよう、全世界の支配者の誇りにかけて願いを三つだけかなえてやる」
 ユピターはそう言うと、天に帰っていきました。きこりは大喜びしてどんな願いをしようか思案するために、妻に相談しました。妻はきこりから話を聞くと、
「すぐには決められないから、今日のところは喜ぶだけにしておきましょう」
 と、言って、お祝いのブドウ酒を持ってきました。きこりはすっかりよい気分になって、
「こんな愉快な日は久しぶりだ。うまい腸詰めでもあればもっと具合がよいのにな」
 と、言いました。すると、きこりの目の前に腸詰めが現れました。妻は腸詰めが夫の軽はずみな願いごとのせいだと分かると激怒しました。
「金でも、銀でも、金剛石でも、真珠でも、紅玉でも、王国でさえ手に入れられるというのに、何だって腸詰めなんかを願うのですか」
「俺が悪かった。とてつもない間違いを犯した。もう二度とばかな願いはしないから許しておくれ」
 しかし、妻の怒りは収まりません。ありとあらゆる非難の言葉を夫に投げつけました。
 きこりは罵倒にたえていましたが、一向に妻の怒りが収まる様子がないので、だんだんと腹が立ってきてこう言いました。
「もう、いいかげんにしてくれ。まだ願いごとは二つも残っているんだ。金持ちにでも王様にでも望みのままだ。一つくらい願いごとが減ったって、たいして変わらないじゃないか。そんなに腸詰めが憎たらしいのなら、いっそのこと、お前の鼻にくっついてしまえばいいさ。わが子のように腸詰めがかわいらしくなるさ」
 願いはすぐに聞き届けられて、妻の鼻先に腸詰めがくっつきました。きこりはしまったと思いましたが、もう後の祭りです。妻は悲鳴を上げて、
「腸詰めを鼻先にぶら下げて生きてゆかなくてはならないのなら、死んだ方がましだわ」
 と、叫ぶと、その場に倒れてしまいました。
 その後、三番目の願いごとは金持ちや王様ではなく、
「妻の鼻先にくっついている腸詰めを取り外してください」
 になりました。


参考文献
完訳 ペロー童話集』 新倉朗子 訳/岩波書店



戻る

正面玄関へ