昭和六十年前後のメンコ文化


 
田宮模型のRCカー「バンキッシュ」の箱にメンコをしまっている
  数えていないので分からないが、五百枚以上はあると思う

■角メンのヤス

 上掲の写真だけ見ると、さもメンコが強かったのだろう、と私のことを勘違いする人があるかもしれない。しかし、常勝のメンコ師「角メンのヤス」として名をはせたのは、メンコ師を辞める前の一時期だけで、それまではずっと負けていた。メンコをはじめてから数年間は技術が拙かったし、勝負に勝つための方策も持ち合わせていなかったのだ。
 何も考えずにメンコ勝負に臨んでは、すっからかんにされた。私のメンコ人生は六年ほど(四歳から十歳くらいまで)だが、そのうち四年近くはぱっとしなかった。頭が悪かったので、自分がカモになっていることに気がつかなかったのだ。
 実のところ、メンコ勝負の勝ち負けで重要なことは、メンコの腕ではなく、事前の示し合わせ、である。カモになる人間を定めて、その彼だけを参加者全員で集中攻撃すると、メンコのうまい下手など、どうでもよくなってくる。負けるべくしてカモの参加者が負けて、勝つべくしてカモ以外の参加者が勝つのだ。
 この子供特有のいじめに救いはない。いじめる者といじめられる者がいるだけである。ばかな私も、四年間負け続けていると、さすがにそういった暗黙の了解が分かるようになった。
 ここでようやく立場の逆転が生じる。今まで敗者だった人間(いじめられっ子)が道理を悟って、今度は勝者(いじめっ子)に生まれ変わるのだ。
 私は、かつての私のようなカモを町内に求めた。
 いる、いる。あちこちにいた。
 私がおさとして率いる一個班が次々とカモに襲いかかった。見る見るうちにメンコの数が増えていった。そして、枚数が増えていくのに従ってメンコの腕が上達した。しまいには、カモばかりか、町内の子供たちが恐れをなして、私を避けるようになった。私がメンコ勝負に強引に誘っても、相手は負けるのが分かっているから、うんと言わない。仕方がないので、隣町に遠征して、しばらくはそこで荒稼ぎした。しかし、うわさが広まるのは早いもので、そのうち隣町の子供たちも私と戦うのを嫌がるようになった。
 ことここに至り、私のメンコ生活は小学四年生のときに終止符が打たれた。敵がいないのではどうしようもなかった。

 
丸メンと角メン
  角メン

 
メンコの裏面
 

■川口市のルール

 メンコのルールは各地さまざま、はっきりした決まりはない。時代と場所によって無数のローカルルールが存在する。
 私が子供時代を過ごした埼玉県川口市(現在も住んでいるが)のルールは以下のとおりである。

***

 おのおの、一枚のメンコを地面に置く(メンコの表裏はどちらでもよい。置き場所もどこでもよい)。そして、一人ずつ順番にメンコを打っていく(一回ずつ)

*相手のメンコを反対の面に引っ繰り返すと自分のものになる(メンコを奪われた相手は新たなメンコを地面に置く)。そして、相手のメンコを引っ繰り返した者は、続けてもう一回メンコを打つことができる(相手のメンコを引っ繰り返すのを失敗するまで、これを続けることができる)

*相手のメンコの下を自分のメンコが通過した場合(くぐった場合)は、仕切り直して再度メンコを打つ(通称「トンネル」)

*相手のメンコの下を通過して、さらにそのメンコを反対の面に引っ繰り返すと、これを自分のものにできるばかりか、再々攻撃の機会が与えられる(通称「トンネル返し」。相手のメンコを自分のものにすると再攻撃する機会が与えられるが、さらにもう一回、その再攻撃を失敗した後に攻撃する機会が与えられる)

*相手のメンコの下に自分のメンコが潜ったときは、仕切り直して、再度メンコを打つ(語源は不明だが、通称「サバ」)

*巨大なメンコ(「でかいメンコ」略して「デカメン」)はどんなに頑張っても引っ繰り返すことができないので、サバをすれば自分のものにすることができる(この規則をどの程度の大きさのデカメンから適用するのか、はっきりと定められていない。その場の参加者によって適宜決められる)

 
さまざまな大きさがある丸メン
  角メンは五、六枚の束で二、三十円で売られていた(駄菓子屋)

 
大きな丸メンと小さな丸メン
このような場合に特例のルールが適用される
  サバ

■丸メンと角メンの違い

 相手のメンコを引っ繰り返すには、風圧によるものと、物理的な接触によるものの二種類に分かれる。丸メンと呼ばれる円形のメンコは前者を、角メンと呼ばれる長方形のメンコは後者を得意とする。
 メンコ道の愛好者は、好みに応じて丸メン使いになるか、角メン使いになるか選ぶわけなのだが、どちらか一方に絞ることはできない。「角メンのヤス」と呼ばれた私でさえ、ときには丸メンを使わざるを得なかった。これはメンコ遊戯の特徴ともいえる、場所を選ばない特性が大いに関係している。ときに畳の上、ときに砂利道の上、ときに地面の上と、さまざまな場所が遊び場になるので、平らな場所においては丸メンの勝手がよく、でこぼこした場所においては角メンに利があった。

 
角メンの持ち方・一
  角メンの持ち方・二

 
角メンの持ち方・三
  丸メンの持ち方

 
足をそえると風圧が拡散しないので引っ繰り返しやすい
 

 
足をそえると風圧が拡散しないので引っ繰り返しやすい
 

■指先の血豆

 丸メン使いであろうが、角メン使いであろうが、メンコがうまい人間に共通している特徴があった。指先にできる血豆である。
 風圧もしくは物理的な接触によって相手のメンコを引っ繰り返すには、正確無比なメンコ打ちが要求される。打ったメンコがあらぬ方向に飛んでいってしまっては、相手のメンコはどうやっても引っ繰り返らない。すると、メンコを放つ手と地面の距離が短ければ短いほど、狙った場所にメンコが打てることに気がつく。メンコ道に精通している者は、そこら辺の技術をよく心得ているので、メンコ打ちのモーションを地面すれすれでおこなう。まるで、手を地面に擦りつけるような具合で。
 いや、実際のところ、指先が地面をかすっているのである。これが平常であったら、嫌な鈍痛に襲われてうんざりするところだが、勝負中は一枚でも多く相手のメンコを奪うことに集中しているので、あまり気にならない。戦い終わってはじめて、青紫色に変色した血豆が指先にできていることを意識する。ひどいときには、指先の爪が割れていることさえある。しかし、けがすることを恐がっていたら一流のメンコ師にはなれない。指先にできた血豆こそ、幾多の戦いを切り抜けてきた漢の証しだと思わなければならない。

 
テレビアニメ『機動戦士ガンダム』の角メンだけ、縦横一ミリくらいほかのものより小さかった(理由不明)
  使い込まれた角メンはこの写真のように角から痛んできて、そのうち真っ二つに裂ける

 
みすぼらしいハゲメン
  ハゲメンの補修にはセロハンテープがよく使われる

 
エラー切手があるようにエラーメンコもある
  裏面

■ハゲメン

 メンコを使い続けているとだんだんと痛んでくる。分けても、一番痛みやすいのが角メンだった。
 角メンは相手のメンコに向かって角を打ちつけるので、ここから駄目になっていった。そのうち、角がひん曲がった角メンは、なたで竹を割ったときのようなあんばいで真っ二つに裂けた。私たちはこの状態をハゲメンと呼んでいた(「はげたメンコ」すなわち「ハゲメン」)
 一般的にハゲメンを修理するにはのりを使って貼り合わせれば事足りる。しかし、ろうを塗り込んだハゲメンを瞬間接着剤でくっつけて改造するつわものがいた。塗り込まれたろうによって重量が増したハゲメンは防御力が飛躍的に向上し、おまけに瞬間接着剤によって硬化した本体が攻撃力をも高めていた。
 手ごわかったメンコ師のほとんどがハゲメン使いだったことが思い返される。かくいう私も、ハゲメンを頼みとする角メン使いだった。
 ハゲメンの効用はほかにもある。物理戦において敵を寄せつけないばかりか、心理戦においてもハゲメンは敵を寄せつけなかった。
 理由は至極簡単、ハゲメンを補修したメンコが一様に汚かったのだ。一度破れたところを直したメンコなど、誰も欲しがるわけがない。ハゲメンを投入してもめったに狙われることがないので、文字どおり敵なしだった。
 ちなみに、あまりにも汚いハゲメンには参加者から物言いが入る。物言いが入らない程度のハゲメンを選んで勝負に送り込まなければならない。
 はっきりした決まりがない分、ハゲメンを使おうとしている人間の発言力によって、許されるハゲメンの汚らしさに幅が生じた。腕力に物を言わせている者が使うハゲメンはものすごく汚くても許される一方、いじめられっ子が使用するハゲメンはそれなりの状態でなければ物言いが入った。
 メンコ道の罪深いところは、メンコ勝負をおこなう前に、集団内における力関係が勝敗の行方に作用することである。いじめられっ子がいじめっ子のメンコを奪ってやろうとしても、メンコ以外の局面で逆襲されたらたまらないので、必然的に目標から外される。つまり、いじめられっ子はいじめられっ子を標的にするしかなく、弱者同士の共食いが、メンコ道の世界では当たり前のように繰り返されていたのである。


履歴
平成二十二年一月十日



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