軍装品保存方法


 切手を集めたり、俳句を詠んだり、散歩をしたり、と、世人の趣向はさまざまである。
 私の趣味の一つに軍装品の収集(日本軍)がある。物好きな人間による孤高の一人遊びと言っても過言ではない。
 実際、満足な研究もほとんどされておらず、手に入りやすい資料といえば『日本の軍装』大日本絵画、『陸海軍服装総集図典』国書刊行会、『大日本帝国陸海軍』中田商店、『日本海軍軍装図鑑』並木書房、といった程度で、ほかは全国の軍装研究会が作った同人誌くらいである。
 そのような状況であるから、発行部数ももともと少なく、かつ買う人も決まっているので、中には稀覯とされ、目を疑うような高値で取り引きされている本もある。
 残念ながら、私の手元にはそういった貴重な資料を何点か買い逃してはいるものの、日本軍が存在していた当時の書籍はそれなりに所有している。
 業界におけるその種の本は、決して高価ではない。数百円から数千円程度で手に入れること往々である。言ってしまえば、ただの古本に違いないからだ。むしろ、戦後になってから出版された研究本の方がなかなかの値段をつけているのは前述のとおりである。
 したがって、神田の古書店街や日本軍装品専門店を訪問すれば、日本軍の各種資料を安価に買えないことはない。ただ、私も真っさらの初心者に属するとはいえ、ある程度の知識と気概は必要であると思っている。敷居の高い少数分野の趣味にいきなり飛び込む勇気を持つ人はまれであろう。インターネットオークションなどで手に入れた日本軍の軍服を、さてどうして保存したらよいだろうかと暗中模索している方がいるかもしれない。
 故に『軍装品保存方法』と題し、軍服の保存方法を公開する意義は充分あると思う。
 以下、『諸兵 幹部候補生検定問題模範答案』尚兵館(昭和十八年度用大改正版)から被服保存手入れ法の部分を引用する。題名どおり、将来軍の幹部になる人間が熟読するものなので、種々の重要な基本的事項をしっかりまとめている。軍服の保存に関する概要をうかがい知るには適しているだろう。
 なお、引用に関する留意点だが、昔の文章なので多少読み下すのが厄介かもしれない。せめてもの改編として、カタカナをひらがなに直している。加えて、青字の短い解説文も添えてあるので、そちらを参照し、補足としてもらいたい。



被服保存手入れ法

目次
一、軍服の尊厳
二、被服装用区分の理由
三、早期修理の必要なる所以
四、絨製品の日常手入れ要領ならびに注意事項
五、絨製品の虫被害及び害虫発見の処置
六、被服手入れ用脂油の種類、用途
七、軍靴の手入れ法及び塗油量
八、被服手入れ保存に注意する理由
九、洗濯刷の手入れ法
十、鋏、小刀類の手入れ要領
十一、軍服被服の名称
十二、被服洗濯上の着意
十三、軍服にインク付着時の手入れ法

***

(問一)
「軍服は何故尊重すべきや。軍服は何故に尊厳たるや」

(模範解答一)
「軍服は軍人にして始めてこれを着用し得る勅定の制服にして陛下の股肱日本臣民の精華たる軍人の名誉を国の内外に表彰するものなり。軍隊においてはこれによって秩序の維持、服従の施行を整然たらしめ軍人はこれによってその名誉を表彰すると共に一般社会に対し軍人の精神と言行とに自制的監視を与うるものなり。ことにかしこくも陛下の御服を陸海軍両式に制定あらせられたる一事に至りては軍人が陛下の股肱たる事実を表証するものにして軍人の名誉たることは勿論軍服に至大の尊厳を加えたるものといわざるべからず」

(模範解答二)
「軍服の尊厳それ斯くの如し。居常これを着用する者これが尊重の念慮なくして可ならんや。しかして軍服尊重の実を挙げんにはなおこれが着装と手入れ保存に注意し万遺憾なきを期するを要す」

 軍服を尊重することや軍服の威厳について書かれているので、軍服の保存方法には直接関係がない。しかし、当時の軍人が軍服というものをどういう風に考え、どういう風に扱っていたのかが想像される一文ではある。
 たとえ根本的な思想が異なっているとしても、昔も今も変わらず、収集した軍装品は丁寧に扱うべきだ。



(問二)
「軍隊には何故に被服に装用区分ありや」

(模範解答)
「被服はその製作年次に従いその最新の物を戦用品に充当し以下逐次これを繰り下げて下士官(営外居住者を除く)及び兵に供用し常に新品(製作年次の最新のもの。即ち戦用品更新と共に常用品に繰り下げられたるものにして供用被服中最新のものをいう)を以てその第一装とし以下逐次製作年次に従いこれを順次下層の装用たらしめ加之此等被服の着用に関しては各隊の規定または臨時の命令に基づきその装用区分をみださざる如く注意し以て被服の各装用区分を明確ならしむると共に保存を良好ならしむることに勉むる所以にして外出の際等動もすれば装用区分をみだし上装のものを濫用せんとするの風あるも此等は為に被服の保存を不可ならしむるのみならずこれに関する規定(命令)を無視するものにして軍紀上許すべからざることなるが故に厳にこれを戒めざるべからず」

 被服の装用区分は、最新に製作された軍服を第一の戦用品とし、順次古くなったものを第二、第三の常用品とする。日曜日の外出時など、新品の被服を着て街を出歩きたくなるものだが、被服の保存を妨げ、何よりも規定(命令)を逸脱した軍紀違反に当たるので厳重に律しなければならない。
 まとめるとそのようになるが、ひるがえって現代の軍装品収集家に強引に当てはめると、他人に転売する軍装品は痛み物にして、これぞといった状態のよい完品は見せびらかすために大事に保管しておくべきということになるのだろうか。
 否。
 道義にもとる行為なので、やめた方がいい。それに精神的な部分でいうならば、軍装品に安いも高いも、痛み物も完品もない。当時のロマンに浸りながら、国家と民族のために苦労した先祖たちの思い出の品と考えるのが正解である。
 かつて軍服には厳しい区分があり、昔の所有者は規定をしっかり守っていたことに敬意を払うべきである。



(問三)
「早期修理の必要なる理由」

(模範解答)
「被服の破損小なる時または破損せんとする以前において修理を加うるときは作業容易にしてかつ完全に修理し得るも大破に至りたるものは工場に出すもその修理困難なるのみならず保存命数を短縮するに至るものなり」

 軍装品を集めている人たちを大きく分類すると、以下の二とおりになると思う。

一、収集した品を研究材料として、あまりはっきりしていない軍装世界の謎を解明しようと努める集団。学術成果は同人誌(一般書籍含む)やウェブサイトなどで発表される。
二、研究をするものの、ほとんどもっぱらサイズの大きい実物品を探し出すことに努める集団。収集品は実際に着装される。ミリタリーイベントの売り子衣装として軍服を着たり、あるいは迷惑のかからない山などに集まって戦争ゲームをおこなったりする際に着用される(*注・実物品だと痛めてしまうおそれがあるため、複製品を着装する場合もある)

 もちろん、研究もしないし、着装もしないという、ただのコレクターなる人たちもいる。気合いの入っている先鋭派になると、両方を同時進行でおこなっている者もいる。
 定義を複雑化すると混乱するので、大ざっぱに分けてみた。異論反論は折り込み済みである。
 さて、ここで質問されている「早期修理の必要なる理由」だが、主に二つ目の着装派と呼ばれる人たちの参考になる。
 当時の軍人と同じように着装しているわけなのだから、大切な軍装品が大破する前に早期修理をおこなって、軍服の保存を考慮するのだ。まして年数が経っているので、痛み具合は相当進んでいる。取り扱いには充分な注意が必要なのは言わずもがなである。
 今からでも遅くはない。裁縫は女のすることだとばかにせず、基本から学んでみるのはいかがだろうか。



(問四)
「被服中絨製品の日常手入れ及び注意を簡単に記述すべし」

(模範解答一)
「絨製品は被服中主要なるものにしてこれが手入れ不充分なるときは単に外観を損するのみならず保存命数を短縮し軍隊の被服経理に多大の不利を招くものなれば常にその手入れを怠るべからず、日常着用の絨製品は使用の前後を問わず常に除塵を怠るべからず、第一、第二装服等にして臨時着用のものは使用後除塵を行い清潔ならしめ置くべし」

(模範解答二)
「除塵を行うには常に毛並みに従い軽く絨刷を掛くべし」

(模範解答三)
「泥土の付着したるものはよく乾かしたるのち手にて泥土を揉み落とし指頭にてはじきまたは掌を以て打ちたたき塵埃の浮きあがるを待ち軽く絨刷を掛くべし」

(模範解答四)
「汗または雨露等にて濡れたるものはなるべく速やかに乾燥すべし。行軍等に際し雨に遭い火にて乾かすときは遠火にて乾燥すべし」

(模範解答五)
「除塵を行うには絨刷を過度に使用すべからず。これ絨地は絨刷にて磨損せらるるところあればなり」

 どれもこれも、ためになる模範解答なので役立つと思う。進んだ現代の技術により、ほかに方法があるかもしれないが、やはり当時のものは当時の手法で対処しておくのは一考の価値がある。
 ただ着装派の人たちだと、汗染みの問題は事後の悩みとして難しいところがある。しかし、ほこりをかぶったり、泥土が付着したりしないように注意するのは可能である。
 普段の保存時、軍服を何の覆いもなくさらすようなことはせず、できる限り衣装だんすなどに収納しておくこと。無用の痛みを与えないようにするのは収集家の基本である。そうすれば、除塵の問題など、はじめから存在しないではないか。



(問五)
「絨製品に虫害を被りまたは害虫を発見せしときの処置いかん」

(模範解答)
「絨製品は一般に虫害を被り易し。もし害虫または虫害を被りたるものを発見したるときはただちに上官に報告してその区処を仰ぐべし」

【参考】
「害虫は概して暗き所、汚れたる所あるいは湿気ある場所を好み整頓棚、羽目板、床板等の隙間にも生息すること多し故に舎内の掃除に際してはこれらの場所の塵埃を除去することに努むるを要す」

 軍装品と虫との戦いは永遠のテーマである。手に入れた段階ですでに虫食い多数、ひどいときには虫がまだ生息している場合すらある。
 前に私が入手した大正期の将校軍帽が最たる例で、どうにも虫食いがあるなと思って調べていたら、それ見たことか、真っ白い虫が二匹も虫食いの穴からはい出してきたことがあった。すぐさま、いまいましい害虫は退治してやったが、その後の保存には気を使っている。
 述べられているとおり、清潔な環境が一番よいので、普段から重々関心を寄せること。
 鼻をつんと刺激するほど防虫剤を多用するのもいい。虫食いにやられるよりは、ましであろう。



(問六)
「被服手入れ用の脂油類を挙げその用途を簡単に記せ。中隊に支給されある被服手入れ用の脂油を挙げその用途を簡単に記せ」

(模範解答)
「一、保革油──軍靴、背嚢革類(毛皮緑皮を除く)革脚半及び水筒紐革等の手入れに用う。
 二、鉱油──拍車、小刀、鋏、針等金属類の手入れに用う」

 革製品の保存には大なる注意が必要である。定期的に保革油を塗っておかないと革脚半の止め革などは少し引っ張っただけでちぎれてしまう。
 保革油が家にないなど、言語道断。
 近所の野球用品店など、革製品を取り扱っているところなら保革油が売っているので購入するべきである。
 刀剣類の手入れ油だが、これまた刀剣類を取り扱っている店に行けば売っているので、買っておいた方がいい。
 軍装品の収集家の中には、軍刀専門の人がいる。彼らが最も嫌うのはさびである。私も軍刀や銃剣を何本か所有しているが、さびつかないように定期的に油を差している。



(問七)
「日常使用する軍靴の手入れ方法──靴の塗油量を説明すべし。軍靴の雨雪等にて潤いたるときの手入れ法も問う」

(模範解答一)
「日常使用のものは毎日靴刷を以て塵を払うべし。泥土付着したるものは靴刷の泥落または竹、木片等にてこれを落としたるのち除塵を行うものとす」

(模範解答二)
「軍靴を水にて洗うことはなるべく避くべし。もし泥土その他の汚物密着し止むを得ず水にて洗いたるときまたは雨雪等にて潤いたるときはこれを蔭乾となし半ば乾きたるときやや多量に保革油を塗り充分革質内に擦り込むべし。潤いたる軍靴を強き日光または火にて乾かすときは革質硬化するに至るを以てこれを避くべし」

(模範解答三)
「保革油を塗るには日常使用せざるものは穿用後、日常使用のものは通常一週間一回としその量は編上靴一組につき八分、長靴一組につき一匁を適度とす」

(模範解答四)
「保革油を塗るには靴刷にて塵埃を払いたるのち布片を以て革の表面に擦り込みしかるのち始めに塗油したるものより布片にて充分に摩擦するものとす。靴刷にて保革油を塗りまたは擦り込むべからず」

(模範解答五)
「保革油は爪先革及び月形革上部(長靴にありては柱形革)に充分塗りその他は少量を塗るべし。ことに編上靴の上部鳩目付着の部分、踵(月形革の下部)の部分及び長靴の筒革はその量を減じ底革には保革油を用うべからず。保革油の使用最過度なるときは革質柔軟に過ぎ筒革の垂下、月形革の変形となりまた袴の裾口、靴下の汚損等の不利あり」

(模範解答六)
「革質の硬くなりたる軍靴はまず湿りたる布にて拭い革に湿りを持たしたるのち保革油を塗るべし。その量は日常使用のものに比しやや多きを可とす」

(模範解答七)
「営内靴にありては甲布に塗油せざるほか概ね前各項により手入れを行うものとす」

(模範解答八)
「靴の内部は時々布片を以て拭い常に清潔ならしむべし」

 至極当たり前の革靴手入れ法が記されている。およそ普通の成人男子であれば、革の靴を履いたことがない人はいないだろうから、その常識を踏まえれば問題ない。
 私の方から一点だけつけ加えるとするならば──ある従軍経験者から聞いた話なのだが、軍靴に保革油を塗る際の主要な部位は、靴の編み目に沿った周辺だという。二年兵の先輩から初年兵が習う、まずもっての軍靴手入れ方法である。とはいっても、実際は自然と油が染みていって、年月を経た軍靴は、全体が真っ黒に変色してしまうのであるが。


(問八)
「被服の手入れ及び保存に注意するを要する理由を述ぶべし」

(模範解答一)
「軍服の整備には巨額の国費を要す。ことに戦時におけるこれが需要は莫大にしてしかもその原料は我が国産豊富ならざるを以てよく此等の関係を了得し勉めてその保存力を永からしむるに留意するを要す」

(模範解答二)
「軍服の保存命数はこれが手入れの良否によりて長短あり。故に手入れの時期方法を誤らざることに注意し取り扱いを大切にし常にこれが保存手入れを良好ならしめざるべからず。いわんや各自着用の被服は後次入営する者に転々支給せらるべきものなるにおいてや」

(模範解答三)
「古品は新品に比しその取り扱い粗略に流れ易きものなりといえども質素を旨とすべき軍人にありてはよくその旨をわきまえ且つ如上の関係を顧慮し特にその取り扱いを大切にせざるべからず。手入れ補修の完全なる古品にして着装法ただしきときはかえって着用者の人格崇高なることを表明するものにして軍人の一大美徳とする所なり」

 「古品は新品に比しその取り扱い粗略に流れ易き云々」とあるが、軍装品愛好家においても通用する。状態の悪い品を粗略に扱う不徳をしてはならないということである。状態いかんを問わず、軍装品は厳重な保管をするように努めるべきなのだ。たとえ不要になった品を他人に譲るような場合があったとしても、新たな所有者が喜ぶこと必至であろう。


(問九)
「洗濯刷の手入れ法を問う」

(模範解答)
「乾燥不充分なるときは毛、木質及び内部の針金等を腐蝕するを以て使用後はよく水を去りなるべく速やかに乾燥せしむべし」

 情けないことに、いまだ実物軍装品を洗濯するような事態に私は陥ったことがない。故に洗濯刷をどうこうする問題に関して補足するところは何もない。


(問十)
「鋏、小刀類の手入れはいかにすべきか」

(模範解答)
「小刀、鋏、針等は錆を生じ易きを以て使用後は勿論その他時々油布にて清拭し錆の出でざるよう注意すべし」

 刀剣類のさびつきを防ぐためには油を差してやるのが常識である。私も収集した軍刀、銃剣、軍用ナイフなどは定期的に手入れしている。
 銃剣の所有はわが国では禁じられているために、合法的措置として切断されているのが常だが、だからといってその無残な短い刀身を放っておくのは怠惰である。
 実は私も、刀の所有は届け出制度によって所持が許されているのに、なぜ銃剣は駄目なのか、と不満を抱いている一人である。私に限らず、哀れに切断された銃剣を何度も眺めつつ、涙ながらに油を差しているのは軍装品収集家共通の光景だろうか。



(問十一)
「軍隊被服の名称試問」

【註】
「軍隊被服の名称は従来動もすれば地方慣用の名称を用い修理申し立てまたは紛失届等に方り固有名称を知らざる兵多きため各隊とも被服の名称特に個人修理要領等を図表掲示しあるを以て敢えて本欄に一々掲示せざるに就き幹部候補生諸氏は特にこれに注意するの要あり」

 軍装品の保存に関して、軍隊被服の名称を全て覚える必要はないが、知識を向上させる努力はあってよい。冒頭の序文で書いたように、当時出版された軍隊被服に関係した本は簡単に手に入る。
 数多くの趣味にも共通するが、やはり一番努力した者がその世界の旗手になる。


(問十二)
「被服洗濯上の着意如何」

(模範解答一)
「手揉みすること──洗濯にはなるべく洗濯刷を用いずして手にて揉むべし。これ洗濯刷を用うるときは夏衣袴等の如き染色物にありては褪色をきたし襦袢、袴下等にありてはいたずらに地質を磨損すればなり」

(模範解答二)
「洗濯刷を使用の場合──洗濯刷は地質剛くして手にて揉み難きものまたは手揉みのみにて汚れの取れざるものに限り使用しその使用に際してはなるべく軽く地質を摩擦すべし。毛櫛、根櫛等の如きものを使用するは厳禁とす」

(模範解答三)
「強く絞らざること──洗濯物は強く絞るべからず。ことに二人協同して強く絞る如きは不可なり」

(模範解答四)
「充分乾燥すること──洗濯物は充分に乾燥せしむべし。乾燥不充分なるときは黴を生じあるいは蒸れをきたし遂に地質を弱からしむるに至る」

(模範解答五)
「洗濯前後の注意。一、軍衣、夏衣等を洗濯するときはあらかじめ肩章、襟章、臂章、精勤章等を取り外すべし。二、洗濯の際は標記消え易きものなればよく点検して書き直し明瞭ならしむべし。三、洗濯後はよくこれを検し釦、ホック等の緩みたるものは付け換え破損したるものは修理をためすべし」

(模範解答六)
「石鹸使用上の注意。一、石鹸には地質を弱くするものあるを以てなるべく少量を使用すべし。汚れの程度僅少にして水洗いのみにて足るときは石鹸を使用せざるを可とす。二、みだりに多量の石鹸を使用するもその割合に効果なし。故に石鹸はまず襟、袖口、裾口等垢の多くつきたる部分に使用し初めは少量を用いなお充分垢の取れざるときは更に少量を加えその他の部分は余汁に洗うべし。三、石鹸使用後は水にて洗い地質に石鹸の残らざるよう充分濯ぎ出すべし。もし石鹸残りいるときは地質に粘気または一種の臭気を生じ甚だしきは変色するに至る。此等は地質を弱くし、かつ塵埃汚垢を付着し易からしむるものなり」

 実物軍装品を自分で洗濯する人は、なかなかの「精鋭軍人」だと思う。私だったら、逆立ちしても無理である。恐くて手が出せないのだ。いかなる結果が待ち受けているのか分からないからである。
 例えば海軍のセーターを所有しているとしよう。長年のほこりで真っ黒だ。洗濯が必要である。
 一体どうすればいいのだろうか。しかも、相手はセーターである。普通に洗ってしまったら、絶対に縮みそうな気がする。色落ちも心配である。だからといって、近所のクリーニング屋のおじさんは信用できない。価値など分からずに何をされるか想像がつかない。
 やはりそういうときは、業界の達人に相談するのがいいだろう。さすがに近所のクリーニング屋のおじさんでは不安絶大だが、最高級クリーニングのサービスを提供しているお店なら何とかなりそうである。時代物の価値があることを充分に説明したうえで、何かあったら弁償してもらうぞと脅しをかけ、最後には拝み倒して仕事をしてもらうのだ。



(問十三)
「軍服にインク付着の場合における手入れ法を記せ」

(模範解答)
「各人実施の要領──ただちに湿布に吸い込ませ去るか、もしくは水洗いをためすべし。付着時間を経過すれば洗い落とすこと困難なるに至る。
 経理委員の実施要領──黒インク。時日の経たるものにありてはインク消しを塗布し除去したるのち水洗いすべし。
 経理委員の実施要領──赤(紫)インク。付着したるときはただちに水洗いを行いしかるのちインク消しを塗布し火上にかざし後水洗いすべし」

 大事に軍装品を保存していれば、そのような事態は起こり得ない。しかし、万が一、しょうゆやインクをこぼしてしまったときに備えて、最寄りの生活雑貨品店などで染み抜き剤を購入するのは安全策である。もっと言ってしまえば、はじめから染みが付着している軍服を入手してしまうことも多々あるので、もとより家に常備しておくのが基本だろう。
 最近はすぐれた染み抜き剤が売っているので、発達した現代社会に感謝感激である。色落ちなどの危険性はあるものの、実物軍装品を洗濯するよりは敷居が低い。まずは目立たない部位で実験して重々具合を見てから、いざ染み抜き開始とすればよい。




■示村主計少佐の提言

 陸軍偕行社編集部『偕行社記事特号』(昭和十八年十一月 第八百三十号)に被服保存に関する記事が載っている。一主計少佐の投稿文ではあるが、当時の活きた意見が述べられているので、それなりに参考になると思う。


洗濯教育

陸軍主計少佐 示村 保

 本年七月陸普第三、六九二号で被服手入保存要領改正され、其の総説に於いて被服の愛護節用に就いて一段と強調されたのを機会とし、現下軍隊に於ける洗濯の実状に鑑み、改善を提唱したい。従来とても被服手入保存法の教育を各隊共教育計画に加え実施されあるも、多くは学科に留まり、実際の要領は古年次兵のやり振りを右へ倣へ式に覚え込むのが多い。従って誤った方法は永年踏襲される。今日洗濯場に臨めば旧態依然、無暗に揉むもの或いは刷毛に馬鹿力を入れるもの或いは必要以上に石鹸を使うもの等を多く見受けるのである。又作業衣袴、靴下等の脂油類で着色したものは如何程努力しても石鹸では脱色せぬ。又其の必要もないが兵は真っ白くせぬと洗濯したように思わぬと云う誤った観念から無駄骨を折る。之が為時間と労力を浪費し、被服の地質を弱め、延いて其の保存命数を短縮すること夥しい。全軍的に見るとき如何に資材の浪費となるか計り知れない。思いを茲に至せば本件は決して一些事と片付けられない。資材の愛護節用は先ず手近の事から実を挙ぐべきである。経理委員は旧慣打破の為、此の際先ず下士官全員に対し洗濯の要領を被服手入保存要領に依り、実物に就き再教育を行い、次に兵に対し之を普及徹底されたら大いに改善されることと思う。頃者感ずる所あり僭越ながら敢えて提唱する所以である。



■軍服の着方

一、基本の心得
 背の高い人があれば背の低い人もあるように、人間には大きい小さいがあるから、各種大小の被服が用意されている。ただし、小さいと運動の邪魔になるし、冬になればシャツを下に着込むから幾分大きめに作られている。
 大きいからといって小さく作り直したり、小さいからといって大きく作り直したりしてはならない。

二、着装の順序
(一)襦袢 (二)袴下 (三)靴下 (四)袴 (五)衣および襟布 (六)軍帽
(七)軍靴 (八)巻脚半 (九)外套 (十)雑嚢 (十一)水筒 (十二)背嚢(着剣した後)

*舎内にあっては軍帽、軍靴、巻脚半は外に出てから着ける。外套は雨が降っていたり、寒かったりしたときに着る。

三、襦袢
(一)袖の長さはボタンをかけないで両手を垂れたとき、手の甲の中ほどにくるくらいがちょうどよい。
(二)袖が長いときは袖付の下、二〜三寸のところにひだを取る。
(三)袖口が大きいものはボタンをつけ直す。

四、袴下
(一)袴下は充分に引き上げ、片手で襦袢の裾まわりを引き下げ、尻を覆ってから、次に右の方の腰ひもを左の方のひもの孔(あな)に通し、一回後ろに回してから右前に結ぶ。
(二)睾丸は左に入れるのがよい。
(三)裾ひもはくるぶしの上部で外側に結ぶ。
(四)袴下の長さは裾ひもを結ばないで、かかとの下部まで垂れるくらいがちょうどよい。

五、靴下
(一)靴下は履く前に半分外に折り返し、足先を充分入れた後、両手で口編(くちあみ)のところを持って、折り目を延ばして履く。
(二)口編(くちあみ)の部分を袴下の下にすれば、靴下がずれず、脱げない。
(三)靴下は洗濯するごとに位置を変えて履く。靴下にかかとがついていないのは保存を考慮してのこと。

六、軍袴(夏袴)
(一)袴は下に下がらないように正しく上に引き上げる。
(二)腰ひもは上がったり下がったりしないように前方の適切なところで締める。
(三)外側の縫い目は真っ直ぐ脚の真横にくるようにし、しわは尻の方に集める。
(四)睾丸は左に入れるのがよい。
(五)袴の長さは裾がかかとの下部まで垂れるくらいがちょうどよい。
(六)袴を履いたら、まず前のボタンをはめ、それから後ろの尾錠をしめる。
(七)袴下を履かずに、じかに袴を履いてはならない。

七、軍衣(夏衣)
(一)上衣は両手を袖に通して揺り上げるようにして着る。
(二)袖を通し終わったら、襦袢各部のタクレを直す。
(三)襟のホックは下から、ボタンは上から順にかける。
(四)帯革を締めてできた胴回りのしわは、両方の脇の下の少し後ろのところに寄せ、折り目を後ろに向ける。
(五)物入(ポケット)のボタンや剣留ボタンは常にかけておく。
(六)あまり大きなものを物入(ポケット)に入れて、形を損じてはならない。
(七)襦袢を着ないで、じかに衣を着てはならない。
(八)襦袢の袖口は衣の袖口から出ないものとする。
(九)軍衣袴はその下に防寒襦袢袴下を着用しても、まだ若干の余裕があるくらいがよい。

八、襟布
(一)襟布は下図のように幅一寸、三〜四分くらいの三つ折りにする。

(二)襟布の両端は喉の真ん中で合わせ、端は胸に下げる。
(三)襟布は衣の襟より少し広めにして、一分くらい出るようにするが、あまり出すぎると見苦しいから、襟の裏側にちょいと仮留めするのもよい。

九、軍帽
(一)目庇(まびさし)を右手で持ち、星章を鼻筋の線に合わせて真っ直ぐにし、前後左右に歪まないようにかぶる。
(二)耳のつけ根から指二本くらい上のところに軍帽があるのがよい。
(三)星章は顎ひもで覆わないようにする。

十、編上靴
(一)靴は新品のうちから注意して履かなければ、変形して直らなくなり、靴傷の原因にもなる。
(二)靴を履く前には逆さにして、土、砂、ほこりを叩き出す。また、靴下のしわを充分伸ばしてから履く。
(三)靴を履くにはひもを充分緩めて、片方の手で砂除革(すなよけかわ)の上を持ち、もう片方の手は摘革(つまみかわ)のつけ根を持って口を充分開き、かかとを踏み潰さないように履く。砂除革(すなよけかわ)の余裕は両手の指で両側に寄せる。
(四)靴ひもは足の運動の妨げにならない程度に固く締め、二、三回巻いて結ぶ。
(五)靴の大きさは防寒靴下を履いても窮屈を感じないくらいがよい。

十一、長靴
(一)両手で釣紐(つりひも)を摘み、足を入れつつ、徐々に引き上げて履く。
(二)履き終わったら、釣紐(つりひも)は靴の中に押し入れる。
(三)拍車は靴を履く前に尾錠を外側にし、後部で上下できるように緩くつける。止め革は不踏革(ふまずかわ)を下に、甲締革(こうしめかわ)を上につける。

十二、巻脚半
(一)袴の膝の部分を持ち、裾口をおよそ靴の第一鳩目の線まで引き上げ、裾口を脚の外側で後ろに折る。
(二)脚半を巻くにはその端を靴にかけ、内から外に巻き、はじめの二巻きはやや固く巻き、三巻き目が四巻き目において表から裏に、次に裏から表に、足の前面で二回折り返し、その後は足に沿って巻き上げ、膝下で巻き終わるように巻く。端は軍袴の外側の縫い目の線で結び得る長さに折り返して結ぶ。
(三)袴の裾口を靴下の口編(くちあみ)の部分で覆ってやると着用しやすい。
(四)巻脚半の高さは両足が等しくなるようにする。
(五)靴ひもの端は巻脚半で覆うこと。
(六)巻脚半のひもの端は巻いたひもの下にはさみ、外に出ないようにする。

十三、外套
(一)まず後裂(うしろさき)のボタンを外し、軍衣を着るときの要領と同じように袖を通す。
(二)襟のホック、内ボタン、前ボタン、覆面ボタンの順序で、上から順にかける。
(三)必要の場合には裾穴は剣留金にかけ、または後裂(うしろさき)のボタンをかける。
(四)膝下の長さは約二寸、袖長は腕関節から約一寸五分の長さがよい。
(五)胴囲は軍衣の下に防寒襦袢を着ても、まだ若干の余裕があるくらいがよい。

十四、雑嚢
(一)左肩から右脇にかけ、ひもがねじれないようにする。
(二)帯剣した後、雑嚢の釣金(つりがね)を帯革にかける。

十五、水筒
(一)水筒は左肩から右脇にかけ、そのひもを雑嚢のひもと並べるようにし、筒が雑嚢の真ん中の上にあるようにする。
(二)口栓(くちせん)は帯革の下際に触れるくらいにする。

十六、背嚢
(一)まず左脇紐革を尾錠にかけ、左手を左負革(ひだりおいかわ)に通し、右手で右負革(みぎおいかわ)を持って徐々に背負ってから、右脇紐革を尾錠にかける。
(二)前ボタンの位置は左右とも同じ高さにする。
(三)左右の釣金(つりがね)は前方の弾薬盒の中央部で帯革にかける。
(四)背嚢を着けたら、上衣の各部分のしわを伸ばし、また負革(おいかわ)で肩章を押さえないように注意する。
(五)背嚢の入組品(いりくみひん)は軍隊手帳、襦袢一枚、靴下若干、携帯予備品若干、被服手入具、携帯口糧、日用品若干。

十七、防寒襦袢袴下
 普通、襦袢袴下の上に着用し、その袖口、裾口の余裕は適当な長さに折り返す。

十八、防寒靴下
 防寒靴下を履き、その上に普通の靴下を履く。

十九、防寒胴着
 軍衣の上、または外套の上に着用する。

二十、防寒外套
 普通の外套に替わって着用する。ただし、防寒胴着を併用するときはその上に着用する。

二十一、防寒覆面
 軍帽の下に着用し、その下部の余裕は軍衣の襟部を覆うものとする。

二十二、防寒靴
 軍靴に替わって履く。

二十三、防寒手套
 普通の手套に替わって用いる。

二十四、防蚊覆面
 被った後、締紐を締め、伏せるときは針金の後頭部に触らないようにする。

二十五、脱ぎ方
 脱ぎ方は概ね着方と反対の要領でおこなう。

***

参考文献
諸兵 幹部候補生検定問題模範答案』 尚兵館
『被服手入保存法』 兵用図書
陸軍 模範兵講習録』(第四巻) 日本国防協会出版部
『偕行社記事特号』(昭和十八年十一月 第八百三十号) 陸軍偕行社編集部

履歴
平成十七年二月十六日



戻る

正面玄関へ