チョウの話


 東京の近郊に宗参寺という寺がある。この宗参寺の墓地の裏には高浜という老人が住んでいた。高浜は周囲の人たちから好かれていたが、余命いくばくもない年齢を迎えても嫁をもらおうとしないので、変わり者だとささやかれていた。まるで僧侶のような男だったのである。
 ある年の夏、高浜は病に倒れた。そこで義理の妹と、今年でちょうど二十歳になるおいが呼び寄せられた。
 ある日、義妹とおいが枕元で看病をしていると、そのうち高浜は眠ってしまった。そのとき、白いチョウが部屋の中に迷い込んで枕元に止まった。おいはうちわで追い払ったが、チョウはすぐに舞い戻ってきた。もう一度、おいはチョウを追い払った。しかし、また戻ってきてしまう。うんざりしたおいは、チョウを外に追い払ってしまおうと庭に出た。
 休みなくうちわを振り回したので、チョウは墓地の方に逃げ去った。しかし、チョウの動きに何かを訴えかけるようなものを感じて、おいは妙な胸騒ぎを覚えた。おいは慌ててチョウを追いかけた。
 墓地の中を探すと、ある墓石にチョウが止まっていた。前までやってくると、いつの間にかチョウを見失ってしまった。しばらく辺りを探してみたが、影も形もなかった。おいは仕方なく、墓石を調べてみることにした。
 墓石には聞いたこともないような姓に「あきこ」という名が彫ってあった。十八歳でこの世を去ったとも記してあった。こけむした様子から、かれこれ半世紀以上はたっているようであった。ただ、手入れは行き届いていて、美しい花が供えてあった。
 やがておいが部屋に戻ってくると、高浜が今し方息を引き取ったと知って驚いた。目の前に横たわっている高浜は穏やかな笑みを浮かべていた。苦もなく天寿を全うしたようである。
 おいは墓石のことを話した。すると義妹は、
「あきこさんだよ」
 と、叫んだ。
「母さん、あきこさんとは誰ですか」
 と、おいは尋ねた。
「あなたには話していなかったけれども、伯父さまはお若い頃にあきこさんという娘さんといいなずけだったんだよ。ところが、結婚式も間近というときになって、あきこさんは肺病で亡くなってしまった。そのときの伯父さまときたら、狂ったように嘆きなすってね、あきこさんのお葬式の後、お嫁さんは一生もらわないと誓いを立てて墓守をはじめたのさ。半世紀くらい前の話だよ。毎日毎日、あきこさんのお墓にお参りして、お供えの花と掃除を一日も欠かさなかった。伯父さまは恥ずかしがり屋だったから、誰にも話さなかったけれどもね。
 多分、チョウは、あきこさんの魂だったんだよ。伯父さまをお迎えに来たんだね」


参考文献
『怪談』 ラフカディオ・ハーン 著 平井呈一 訳/岩波書店
『完訳・怪談』 ラフカディオ・ハーン 著 船木 裕 訳/筑摩書房



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