赤頭巾


 昔、あるところに小さなかわいい女の子がいました。一番かわいがったのは女の子のおばあさんでした。
「あの子に何をやったら喜ぶかしら」
 と、迷ってしまうほど溺愛していました。
 あるとき、おばあさんは女の子に赤い頭巾をやりました。すると、頭巾がとてもよく似合っていたので、みんなから赤頭巾と呼ばれるようになりました。
 ある日、お母さんが赤頭巾に言いました。
「ちょっとこっちにおいで赤頭巾。ここにケーキとブドウ酒があるからおばあさんの家まで届けておくれ。おばあさんは病気で弱っていらっしゃるから元気をつけてもらうのよ。ほら、暑くならないうちに早く出かけなさい。外ではお行儀よく歩いて、道に迷わないように気をつけるのよ。転んで瓶を割らないように注意するのよ。それから、おばあさんの家に着いたら、ちゃんとあいさつするんですよ」
「ちゃんとやるわ」
 赤頭巾はそう言うと、お母さんと指切りしました。
 おばあさんの家は村から三十分ほど離れた森の中にあります。赤頭巾が歌を歌いながら森の中を歩いていると、おおかみにばったり出会いました。しかし、赤頭巾はおおかみが悪い獣だということを知らなかったので、少しも恐がりませんでした。
「こんにちは、おおかみさん」
 赤頭巾は礼儀正しくあいさつしました。
「やあ、赤頭巾ちゃん、早くからどこに行くんだい」
「おばあさんのところよ」
「前かけの下に何を持っているんだい」
「ケーキとブドウ酒よ。昨日、お母さんがケーキを焼いたの。病気で弱っているおばあさんに元気になってもらうのよ」
「ねえ、赤頭巾ちゃん。おばあさんの家ってどこにあるんだい」
「森の奥にある、大きな三本のかしわの木の下にあるわ」
 おおかみは、
(何てかわいらしくて柔らかそうな子だろう。こいつは脂が乗っていて、ばあさんよりもずっとうまそうだ。何とかして赤頭巾を食ってやろう)
 と、考えを巡らしました。
 しばらく、おおかみは赤頭巾と並んで歩いていましたが、やがてこう言いました。
「見てご覧、赤頭巾ちゃん。辺り一面にきれいな花が咲いているよ。どうして周りを見ないんだい。小鳥のかわいらしいさえずりが聞こえないのかい。まるで学校に行くみたいに寄り道しないで歩いているからだよ。森の中はこんなに楽しいっていうのにさ」
 赤頭巾は辺りの景色を眺めてみました。木と木の間からはまぶしい日の光が差して、きれいな花がそこいらに咲いていました。赤頭巾は、
(摘み立てのお花をおばあさんの家に持っていこう。そうすれば、おばあさんはきっと喜ぶわ。時間もまだ早いし、少しくらい寄り道したって遅くなる前に家に着けるわ)
 と、思いつきました。
 赤頭巾は辺りに生えている花を摘みました。けれども、花を一つ摘むたびにもっときれいな花が奥の方にあるような気がして、いつの間にか、どんどんと森の奥深くへと入っていってしまいました。
 おおかみはというと、そんな赤頭巾を放っておいて、真っすぐにおばあさんの家に行って戸を叩きました。
「どちらさま」
「おばあさんの大好きな赤頭巾よ。ケーキとブドウ酒を持ってきたから、戸を開けてほしいわ」
「まあ、赤頭巾かい。扉に鍵はかかっていないから、入っておいで。あたしゃ、体が弱ってしまって起きられないんだよ」
 おおかみはしめたと思いました。おおかみは戸を開けると、いきなりおばあさんの喉に食らいつきました。おばあさんは必死で叫び声を上げようとしましたが、声帯が食いちぎられてしまったので声にならず、とうとうそのまま死んでしまいました。
 その後、おおかみはおばあさんの死体を肉の塊に変えて戸棚にしまいました。おばあさんの死体から出た血は瓶に詰めました。それから、おばあさんの服と頭巾を身に着けると寝台に潜り込んで、窓かけを閉めておきました。
 一方、赤頭巾は森の中を探し回ってきれいな花を摘んでいましたが、手に持ち切れないくらい集めるとおばあさんのことを思い出して家の方に向かいました。けれども、おばあさんの家に着いてみると、戸が開けっ放しになっていて、部屋の中が荒らされているような様子だったので、変だなと思いました。
(どうしたのかしら。今日は何だか恐いわ。いつもおばあさんの家に遊びにいくと、楽しい気分になるのに)
 赤頭巾はそう首をかしげつつも、大きな声であいさつしました。
「こんにちは、おばあさん」
 すると、奥の方からくぐもったような声が聞こえてきました。
「まあ、赤頭巾かい。よく来たね。戸棚の奥に新鮮な生肉と、血のような色をした真っ赤なブドウ酒があるわよ」
 赤頭巾はおばあさんに言われたとおりに、戸棚にあった血だらけの生肉と、ブドウ酒が入っている瓶を取り出して飲み食いしました。血だらけの生肉は生臭くてとても食べられるようなものではありませんし、ブドウ酒も腐ってしまっているのか、ひどい味がしました。しかし、赤頭巾は残してしまってはおばあさんに悪いと思って、鼻をつまみながら一気にお腹の中に流し込みました。
 赤頭巾が食事を終えると、おばあさんは、
「さあ、食べ終わったようだね。こっちに来なさい」
 と、言いました。
 赤頭巾はおばあさんの寝台の方に行きました。しかし、頭巾を被って横になっているおばあさんは、何だか妙な姿をしていました。
「まあ、おばあさんの耳って、何て大きいの」
「赤頭巾の言うことがよく聞こえるようにね」
「まあ、おばあさんの目って、何て大きいの」
「赤頭巾がよく見えるようにね」
「まあ、おばあさんの手って、何て大きいの」
「赤頭巾をしっかりつかめるようにね」
「まあ、おばあさんの口ときたら、何て恐ろしくて大きいのかしら」
「それはねえ、お前を一口で食べられるようにね」


教訓

 諸君、もうお分かりだろう。幼い子供たちや、とりわけ若い娘たちが誰にでも耳を貸すのはとんだ間違いであるということを。おおかみに食べられたとしても不思議はないのである。
 一口におおかみといっても全てが同じではない。中には物静かでおとなしく、怒りの感情を表に出さないで抜け目なく取り入るやつがいる。誰にでも愛想よく振る舞って親切心に見せかけるのだ。果ては若い娘の家や寝台の中にまで潜り込むやつもいる。
 ああ、一大事。一見、優しげなおおかみたちこそ、一番恐ろしいのだ。


参考文献
『グリムの昔話』 フェリクス・ホフマン 編 絵 大塚勇三 訳/福音館書店
子どもに語る グリムの昔話』(全六巻) 佐々梨代子 野村ひろし 訳/こぐま社
初版 グリム童話集』(全四巻) 吉原高志 吉原素子 訳/白水社
完訳 ペロー童話集』 新倉朗子 訳/岩波書店
ほか



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