材料監視部隊の奮戦 (『偕行社記事』〈第六百九十六号〉より)


題名
偕行社記事
著者

出版
偕行社


備考
第六百九十六号(昭和七年九月)。閲覧した号の奥付が確認できなかったために、版情報不明。


材料監視部隊の奮戦

歩兵第三十連隊

◇ミ々溪付近の戦闘に際し 歩兵第三十連隊は展開に移る際、宿営地たりし「烏諾頭站」に集積し置きたる携行弾薬其の他多数の材料を運搬するに、トラツク其の他の運搬用具少なく、殊に大興駅に於て配給されることになつて居た車両が到着しなかつたので、非常の苦境に陥り、増加機関銃の如きはその運搬さへ不能の状態となり、兵は片手に銃を持ち、片手に材料を提げて展開線に至るの状況なりしを以て、止むを得ず相当多数の弾薬と金櫃、糧秣等を残置し、経理部員と歩兵一小隊を監視として残し漸次之を運搬せしむることゝし「敵の騎兵は優勢にして各所に出没すべきを以て十分警戒に努めよ若し敵兵の襲撃し来ることあらば、此家屋に於て家屋防御をせよ」と懇切に其の防御計画を示し出発した。

◇当時優勢なる敵の騎兵団 は各所に出没し、危険極まりなかりしを以て、連隊長は特に此点に関する注意を喚起し、出来る限り早く是等の材料を第一線近くに運ばんとて、連隊に配当されて居た只一台の貨物自動車を以て運搬すべく命じて、前線出動した。命を受けた監視隊は、先づこの自動車に材料を満載、第一回の輸送を実施させたが、該自動車はその帰途道を迷つて時間を空費し、剰へ水壕の中に陥り動きがとれなくなつた。茲に於て唯一の貨物自動車を失つた監視隊は、如何ともすること能はず止むなく若干の兵卒をして、手榴弾其他の必要弾薬を携行第二回の補充を行はしめ、一方水口二等主計は経理部員及監視小隊の兵卒数名を引つれ陥没自動車の引上に向つたが、遂に其の目的を達することが出来なかつた。

◇然るに一方戦闘は愈々展開し 三十連隊は既に敵の第一線を突破し愈々追撃に移るに至り一人でも多くの兵を要する状態にあつたので、監視隊長たる高沢少尉は其の小隊の全力をあげて連隊に追求し、戦闘に参加すべく決心し、全員中、銃工長一名、軽機関銃四名、小銃三名、特務兵六名を残し、経理部員と共に之が警備にあたらせることゝし出発した。

◇茲に於て右弾薬監視 にあたるものは、水口二等主計外経理部員二名と前記監視小隊より残置したる十四名計十七名だけとなつた。然し責任観念の旺盛なる水口主計は連隊主力が既に敵を追撃中なるを以て、速やかに材料を携行し本隊に合せざる可からずとて、自らサイドカーに乗り、大興駅其の他数里に亙り馳せ回つて、輸送器具の収集に努めたが遂に目的を達することが出来ず空しく帰来した。時に午後二時頃であつた。

◇監視部員は協力一致 曩に出発した高沢小隊長の指示に基き宿舎家屋に防御施設をなし、布施一等兵を歩哨に立て監視を厳重にし敵に備へた。斯くて運搬材料の収集に出た水口主計が帰着すると間もなく、突如として烏諾頭站東北側高地に銃声が起り、歩哨一等兵が「敵襲だつ」と急を告げつゝ家屋に飛び込んで来たがまさに家に入らんとするとき腰部を打たれて転倒した。敵の打ち出す弾丸は雨あられと飛んで来る。茲に於て水口主計は全員を糾合してその家屋を死守するに決し、予め定めた配備により射撃を開始した。此の時既に敵兵は続々姿を現はして来た。其数徒歩兵凡そ百五、六十名、其の後方及烏諾頭站部落の四囲より優勢なる敵の騎兵が包囲して来るので、屋内にあつた軽機関銃は屋内では周囲に対する戦闘が自由にならぬので、機関銃を家屋裏の堤防上に出し、近寄る敵を猛射した。この勢ひに五百に余る敵も遂に近寄れず、互に猛射を交しながら暫時之に相対峙したが間もなく飛び来つた一弾が不幸、機関銃手の右食指を打ち切つた。よつて弾薬手が之に代つたが忽ちにして機関銃の前脚を折損され、更に之を地物に託して射撃を持続せんとしたるも、活塞の運動に故障を生じ、如何ともする能はず茲に全く万策尽き果てた。

◇茲に於て水口主計 は全員を家屋の中に集め、小銃と手榴弾を以て応戦に努めた。血に飢えた敵は愈々近迫し手榴弾や迫撃砲を以て猛烈に攻撃し、一挙に我を屠らんとしたが、既に死を決したる我軍の猛撃、奮闘に遂に突撃するを得ず、遂には普通の手段を以てしては到底我を攻略するを得ずと判断したるものと見え我軽機関銃の消滅したるを好機に我の拠れる家屋の後方に迂回し堆積しありし枯草に放火し、家屋諸共我軍を焼き殺さんとする計画に出た。火は忽ち風を呼び、炎は炎々として天に冲し瞬く間に家屋に燃え移つた。
茲に於て水口主計は全員を身辺近く集め『今や背後には火を負ひ前面には敵弾雨注す。縦令腕は挫け足は折れるとも、苟も一兵たりとも存する限り、決して敵をして我守地を蹂躙せしむべくも非らざるが、既に事情は斯くの如くなれり、此儘止まりて焼死するよりも、進んで敵弾に倒るゝこそ男子の本懐なり』と悲壮の決意を以て部下に決心を促し、更に健脚の四名を選抜して呼出し『我等は既に人事を尽せり、而して事情斯の如し、今茲に重要なる書類は全部火中に投じて万事を終れり、全員茲に死ぬは易けれど、斯くては永久にこの顛末を知るよしなし、汝等四名は幸ひ健脚なり万難を排して、此場を脱出せよ、恐らくこの重囲なれば突破は困難ならんも、幸ひにして生を得ば、この顛末を連隊長に報告せよ』と命じ、終ると共に単身家屋を飛び出し敵に向つて突進した。岡田主計は水口主計に続けと絶叫しつつ残る将士を促して相次で屋外に突進した。

◇報告を命ぜられた後藤一等兵外三名 は水口主計の悲壮なる言動に励まされ右手に拳銃、左手に銃剣をかざして、敵の重囲に向つて突進し、二名宛左右に分れて猛虎の如く駆け出した。之を見た敵兵は其意外に気を呑まれ、稍々間隔を開いたが、忽ち撃出す乱撃に右方の二名は敵陣間近で打ち倒された。左方に向つた二名は敵が右方の二名に気をとられて居る隙に、敢然死力を奮つて駆け続け、幸に敵陣を突破した。この二名は中山、後藤の両兵である。斯く二人はひた走りに走つたが不幸中山二等兵は敵陣より二十米を脱出したところで、敵弾にあたり『やられた! 後を頼むぞ』と叫んだ儘打ち倒れた。この声を聞いた後藤一等兵は、戦友の死を目のあたりに見つゝも之が介抱の暇もなく、後より追い来る敵の騎兵と歩兵のために急追亦急追、遂に前面の壕のあたりに追ひつめられ危ふく捕はれんとした。

◇後藤一等兵は茲に進退極まり 意を決して壕の中に跳び込んだ。然るに幸ひにも壕中の水は既に氷結して居たので、予て連隊の選手として教習を受けた『スケート』の要領期せずして発動し、之に力を得て尚も懸命に走り続けた為、追つて来た敵も遂に及ばず天佑にも虎口を脱することが出来た。斯くて尚ほ我軍の行方を求めて、力の限り走り続ける中、幸ひにして第三十連隊の死傷者収容班に出会、茲に奇跡的にその一命を完ふして連隊本部に至り報告の使命を果した。

◇連隊長は茲に始めて事の真相 を知り、直ちに烏諾頭站に兵を派し捜索した結果、現場の家屋は銃火の為に無残にも破壊され、水口主計以下全員悉く其使命に倒れ、焼けただれた死骸と鉄兜、破れた水筒其他僅少の所持品が残されてあるのを発見した。

◇因に此の戦闘に参加した彼我の兵力は

日本軍 歩兵第三十連隊付 二等主計水口吾作以下主計一、計手一、銃工長一、軽機関銃四、小銃三、特務兵六、計十七名。
内戦死十六名、生還者一名。

支那軍 歩兵約一五〇 騎兵約四〇〇 重機関銃二。




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