『ある兵隊の写真帳』


表紙

 歩兵第三十連隊に所属していた、ある兵隊の写真帳を入手した。主に同連隊が満州に駐留していた当時の写真が収められている。
 本来ならば個人の写真帳は、持ち主が亡くなった後も家族が大切に保管して受け継いでいくものなのだが、この世知辛い世の中ではそうもいかないらしい。戦後の悪しき風潮に染まってしまったのか、従軍経験者が鬼籍に入ると、故人の家族は戦争関係の遺品を疎んじて骨董業者に整理を頼む場合がある。その中には、故人若かりし頃の姿が収められている写真帳まで紛れていることも珍しくない。
 骨董業者はそういったことに慣れ切っているので、何のこともなく、捨て値同然の価格で遺品を引き取っていく。そして、故人の思い出の品は、単なる商品となって骨董店の棚に陳列される。
 私が骨董店を訪れると、乱雑に積まれた、たくさんの写真帳を目にすることがある。一冊一冊に故人の人生が詰まっているはずなのに、写真帳にぶら下がっている値札が否応なく目に飛び込んでくる。
 写真帳を開くと、思い出の写真が幾葉も貼りつけられているが、今は亡き兵隊の青春時代の記録は、誰にも顧みられることなく、閑散とした骨董店の片隅で忘れ去られている。家族に見放された、名もなき故人を前にして、やり切れない気持ちになるのは私だけであろうか。



一〜三十

三十一〜六十

六十一〜九十

九十一〜百二十三

百二十四〜百五十三



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