歩兵第三十連隊雪中行軍研究事項 (『偕行社記事』〈第三百九十四号〉より)


表紙

題名
偕行社記事
著者

出版
偕行社

明治四十二年六月二日印刷
明治四十二年六月五日発行
備考
第三百九十四号


歩兵第三十連隊雪中行軍研究事項

目次

緒言
第一 積雪ノ際ニ於ケル行軍状態及経過時間
第二 先頭部隊(藁履及樏穿用者)ノ交代ニ要スル適当ノ時間人員並疲労ノ度
第三 経過路ノ景況、積雪ノ量及之ニ起因スル経過時間ノ渋滞、人馬ノ耐久力
第四 雪中露営及之ニ要スル作業時間ノ遅速、景況並人馬ノ感応
第五 携帯昼食ノ寒気ニ感応スル状況
第六 積雪中ニ於ケル戦闘ノ研究
第七 帰営後ニ於ケル一般疲労ノ度並翌日ニ亘ル衛生状態

***

緒言

積雪ノ時機ニ於ケル軍隊行軍ノ難易ハ降雪ノ深浅、気温ノ高低、風力、風向及道路ノ良否並士気ノ振否ニ由リテ差異アリト雖平時ノ行軍ニ比シテ困難ノ度ヲ増加スルハ明ナリ而シテ今回実施セラレタル連隊行軍ハ第一、第二日ニハ若干ノ経験ヲ積ミ得シト雖第三日以後ハ残雪僅ニ路面ヲ覆フニ過キサリシト由来下士兵卒ノ積雪ニ慣レアルトニ由リ十分ナル参考事項ヲ得ル能ハサリシハ遺憾トスル所ナリ

第一 積雪ノ際ニ於ケル行軍状態及経過時間行軍ニハ連隊ノ二年兵ヲ合併シテ一大隊ヲ編成ス武装ハ軍装ニシテ外套ヲ着用シ藁履(各固有中隊十足)樏(同上四足)ヲ携行シタリ隊形ハ路幅ノ許ス限リ三列行進ヲ用ヰ縦隊ノ先頭約百乃至二百米ニ別ニ一小隊ヲ先行セシメ雪路ノ開設ヲ行ハシメタリ積雪量ハ平均二十五珊米乃至三十珊米ナリキ以上ノ状況ノ下ニ実施セラレタル結果次ノ如シ

一 縦隊各部行進ノ難易

先頭小隊ノ通過セル処ハ其開設単ニ道路ヲ形成スルニ止リテ踏固十分ナル能ハス故ニ此小隊ノ直後ヲ行進スル中隊ハ殆ト之カ踏固ヲ完成スルノ任務ヲ有スルカ如ク滑走スルコトナシト雖行進ノ困難著シク出発点ヨリ約二千米ヲ過キサルニ已ニ発汗ノ気味アリ而シテ之ニ次ク中隊ハ後尾ニ至ルニ従ヒ雪路ノ堅固ナル処ヲ行進スルカ為メ滑走ニ由リ若干ノ困難ヲ感スルモ無雪時行軍ト大差ナク僅ニ指頭、耳朶ニ冷気ヲ覚ユルニ過キサリキ

二 縦隊列伍ノ間隔、距離ノ拡張

積雪セル路上ノ行進ニ於テハ列伍ノ間隔毫モ拡張セラルヽコトナク却テ密接スルニ反シ原野道路ナキ処ニアリテハ著シク之ヲ疎開ス抑々運動ノ困難ナルニ従ヒ各自ニ自由ノ余地ヲ求ムルハ自然ノ性ナレハ列間ノ疎開スルハ敢テ怪ムニ足ラス然ルニ道路上ニ在リテハ之ニ反スルノ現象ヲ生ス是レ中央伍ハ人民ノ形成セル道路ヲ行進スルニ拘ラス両側ノ伍ハ路外行進ノ困難アルカ為メ知ラス識ラス内方ニ密接スルニ至レハナリ
行軍長径ハ先頭中隊最モ延長シ後尾中隊ニ至リテハ時々遽止急進ノ弊ヲ免レサリキ其延伸ノ度左ノ如シ

大隊ノ長径 二六〇米
同行進間ノ長径 二八三米

側面縦隊面ノ広狭ハ無雪時道路ノ広狭、在来雪路ノ景況、敵ニ対スル顧慮ノ多少ニ由リテ異ルト雖モ旅次行軍ニ於テハ二列ヲ以テ最モ便利ナル隊形トス戦備行軍ニアリテハ三列行軍ヲ便利トスルカ如シ

三 休憩時ノ景況

雪中行軍ニ際シ休憩時ハ特ニ野外要務令ノ諸注意ヲ励行シ以テ行軍力ノ保持ニ留意セサルヘカラス故ニ休憩ニハ大ニ其位置ノ選定及設備ニ重キヲ置クヲ要ス(対敵中ハ已ムヲ得サルコトアルヘシ)従テ休憩時間ノ配合ハ多少行程ヲ伸縮スルモ敢テ意トスルニ足ラサルナリ如何トナレハ兵卒疲労ノ甚シカラサル間ハ多少行程延長スルモ休憩時ニ於テ十分ノ安息ヲ与ヘ被服、身体ノ手入保護ヲ行フノ便益ヲ得セシムルハ夫ク雪中ニ踞座シテ外気ニ曝サレ身体ノ保護ヲ行フコト能ハスシテ休憩セシムルニ比シ疲労ヲ医スル為メ大ニ優ルモノアレハナリ
然レトモ疲労甚シキ時殊ニ行軍里程長キ時ハ規定ノ如ク休憩ヲ為スヲ要ス而シテ休憩時間ハ約五分ヲ適当トスルカ如シ否ラサレハ徒ニ寒気ニ暴露シテ停立スルニ過サレハナリ

四 昼食所(大休止場)ノ選定ト設置

昼食所ノ選定ハ小休止所ノ選定ヨリモ一層ノ顧慮ヲ要ス是レ休止時間最モ長キカ故ニ此期ヲ利用シテ被服ヲ乾燥シ身体ヲ保護シ英気ヲ回復セシムルヲ要ス然ルニ地方人民ノ便益ト軍隊掌握ノ便宜ヲ顧慮シ寺院若クハ学校等ニ集団シテ設クル時ハ啻ニ前記ノ処置ヲ施シ得サルノミナラス外気ノ交感ニ耐ヘスシテ背嚢ヲ負ヒタル儘休息シ若クハ運動ニ由リテ暖ヲ求メ其状宛モ出発ノ速ナランコトヲ促スモノヽ如ク其結果行軍力ニ多大ノ影響ヲ来スニ至ルヘシ故ニ状況之ヲ許セハ小単位ニ分割シテ十分ナル休息ヲ得セシムルヲ可トス長途行軍及風雪甚シキ時ハ殊ニ然リトス斯ノ如キ際ニハ設営者ヲ先遣シ薪炭ト豊富ナル湯茶ノ準備ヲ為サシムルヲ必要トス
経過時間ハ付表第一、経過路ハ一般図及付図第四ノ如シ

第二 先頭部隊(藁履及樏穿用者)ノ交代ニ要スル適当ナル時間及人員並ニ疲労ノ程度

交代時間及人員並ニ疲労ノ程度ハ積雪ノ量、雪ノ乾湿、新雪ナルヤ否ヤ其他天候、藁履若クハ樏ヲ用ウルヤ否ヤニ由リテ大差ヲ生スヘシ尚後続部隊ノ大小ニモ関スルモノトス

一 歩兵大隊ニテハ積雪約三十珊米ナレハ約三十名ヲ以テ先頭部隊ヲ編成シ将校ノ指揮ニ属スルヲ可トス」積雪二尺以上ニ在リテ全ク新道ヲ開ク場合ニ於テ後続部隊、歩兵連隊以上ナルトキハ先頭部隊ハ一中隊ヲ以テ任セシムルヲ要セン積雪十珊米内外ナルトキハ特ニ先頭部隊ヲ設クルコトナク先頭中隊ニ一任シテ可ナリ

二 積雪三十珊米内外迄ハ先頭部隊軍靴ノ儘ニテ踏固シテ可ナリ四十珊米ニ達セハ藁履ヲ穿タシムルヲ可トス五十珊米以上ナルトキハ最先頭ノ若干ハ樏ヲ穿用セシムルヲ要ス而シテ此ノ先頭部隊ヲ幾何ノ距離ニ出スヘキカハ風雪ノ状況ニ由リテ異ナルモ概ネ百乃至二百米ヲ適当トスルモノヽ如シ
交代時間モ風雪ノ状況、疲労ノ程度、行程ノ遠近ニ由リテ異ナルヘキモ毎一時(小休止時)ニ交代スルヲ可トスルモノヽ如シ

三 先頭小隊ノ処置ニ左ノ二法アリ

1. 小隊ヲ若干分隊ニ区分シ各分隊ハ五、六歩ノ距離ヲ置キ前進ス各分隊ハ下士若クハ上等兵ヲ長トシ将校ハ第三番ノ分隊ノ先頭ヲ行進ス分隊ノ交代ハ十分乃至十五分毎ニ行ヒ此ノ交代了ラハ両側ニ避ケテ小隊ノ後尾ニ続行ス

2. 小隊ハ分隊ヲ分離スルコトナク毎五分ニ先頭伍ヲ交代セシム

第二法ハ繁雑ニ流ルヽノ弊アリ故ニ第一法ヲ可トスルカ如シ而シテ所要ニ応シテ先頭分隊長ハ各伍ヲ交代セシムルハ任意トス尚在来ノ雪路ヲ基準トシ道路ヲ開設スル際ニハ中央列ト両翼列トヲ約五分毎ニ交代セシムルコトヲ忘ルヘカラス

四 先頭部隊ハ雪ノ多少ニ応シ後続部隊ト同数列若クハ一列多キ隊形ヲ以テ前進ス伍ノ編成ニ左ノ二法アリ(三列ノ場合ヲ示ス)


以上ノ方法ヲ以テ実施セシ結果先頭部隊ハ甚シキ疲労ヲ見ルコトナク後続部隊モ著シク踏込ムコトナク三十珊米以下ニアリテハ馬匹ノ行進ニ敢テ支障ヲ生スルコトナシ

第三 経過路ノ景況、積雪量及之ニ起因スル渋滞及人馬ノ耐久力

今回施行セル行軍経路ノ大部ハ三列行進ヲ為シ得ヘキ良好ナル道路ニシテ雪ナキ時ト大差ナク行軍隊形ヲ維持シ得タリ而シテ経路ノ大部ハ通行人ニ依リ辛フシテ行進ヲ為シ得ル如ク踏ミ開カレアリ積雪量ハ付表第二ノ如ク僅少ナリシ為メ大ナル渋滞ヲ来スコトナク従テ若干ノ疲労アリシモ之カ為メ特ニ行軍力ヲ減耗シタルコトナシ而シテ積雪上新ニ踏固スル部分ハ体量ノ為メ積雪ニ凹ミヲ生スル深サ大約左表ノ如シ但シ藁履ヲ穿用シタルモノナリ


馬匹ニ在リテハ踏込量ノ多キト蹄裏ニ雪塊ノ固着スルニ由リテ兵員ニ比シ其ノ速度ヲ減シ疲労ノ態ヲ見ル二十珊米以下ノ積雪ニ在リテハ未タ踏ミ付ケサル路外ヲ行進スルヲ可トスルモノヽ如シ故ニ先頭タルト後尾タルトニ論ナク労力ニ於テ共ニ大差ナシ然レトモ三、四十珊米以上ノ積雪ニアリテハ路上ヲ行進スルヲ要ス又六、七十珊米ニ至レハ下馬セサレハ馬匹ノ疲労大ナリ
徒歩者ノ手先、足先ノ凍冷ハ長ク行進スルニ従ヒ感セサルモ乗馬者ニアリテハ第一ニ足先ノ凍冷ヲ感ス然レトモ鐙ヲ脱スルトキ(特ニ足先ヲ下クルトキ)ハ直ニ回復スヘク又鐙ヲ綿布等ヲ以テ包ムカ或ハ靴底ニ南蛮若クハ胡椒類ヲ散布スレハ大ニ冷気ヲ防クコトヲ得ヘシ
経過路一般景況及積雪ノ量並経過時間ハ付表第二ノ如シ
帰路五泉町南端ヨリ営門ニ至ル各中隊(固有)競争行軍成績ハ付表第三ノ如シ

第四 露営及之ニ要スル作業ノ景況遅速及人馬ノ感応

露営ハ次ノ如キ方法ヲ以テ実施シタリ
二月十二日午後三時三十分大日原廠舎南方空地ニ於テ第一乃至第三中隊ハ同空地ニ第四中隊ハ小松林内ニテ都辺田方向ニ面シ設備セリ
露営地ハ積雪量平均三十珊米乃至三十五珊米ニシテ第四中隊ノ設備セル小松林内ハ二十五珊米内外ナリキ
各中隊ハ先ツ積雪ヲ除去シテ周囲ヲ踏固シ(二十珊米ニ至ル)幅三十乃至四十珊米長三十乃至五十珊米厚二十珊米ニ切リ取リ除雪部ノ周囲ニ堆積シテ墻囲ヲ築設シ其ノ上部ヲ携帯天幕ヲ接合シテ覆ヒ以テ風雨ヲ障蔽ス
経始ハ左ノ数種アリ
第一中隊ハ円形ニ二分隊ヲ収容ス但シ第一小隊ノ二分隊ハ長方形ニ経始セリ(付図第一、第二参照)
第二中隊ハ四条ノ平行墻壁ヲ築キ其間隙内ニ一小隊宛ヲ収容セリ(付図第三参照)
第三、第四中隊ハ一分隊宛一個ノ円形囲壁ヲ築キタリ出入口ハ多クハ一箇所ニシテ二、三箇所ヲ設ケタルモノアリ(付図第一参照)
作業時間ハ四十分乃至一時十分以内ニ完成セリ円形ノモノハ長方形ノモノヨリ短少時間ニ完成セルヲ見ル囲壁ノ高サハ一米三十乃至二米中央ノ天幕ノ高サハ一米八十乃至二米四十ナリキ
第一中隊ニ於ケル作業実施ノ景況ヲ掲クレハ左ノ如シ」
叉銃線、集合場、休憩地ノ構造ハ定規ノ距離間隔ヲ以テ積雪上空地ニ設ケ休憩地ノ構造ハ小隊ノ叉銃線ノ後方ニ分隊若クハ二分隊毎ニ両手間隔ノ円陣(八名ノ中徑三米三十、十六名ノ中徑六米)ヲ作リ各分隊ハ十歩ノ距離間隔ヲ取ラシム其円陣ハ囲壁ノ基礎トナルヘキ部分ナリ此処ヲ幅約一米踏固ス各分隊ハ七乃至八個ノ方匙ヲ以テ円陣ノ外縁ヨリ掘開シ高サ一米五十内外ノ囲墻ヲ作リ其上部ニ天幕ヲ覆ハシム内部ノ中央ニ焚火ノ為メ小窖ヲ穿チ其周囲ニ藁ヲ敷キ各自ノ背嚢ハ己ノ位置ニ運ハシメタリ
積雪量多キ場合ニハ比較的作業容易ナリト雖今回ノ如ク少量ナルトキハ比較的多クノ時間ヲ要スルノミナラス囲壁モ亦不完全ニシテ焚火ニ従ヒ融解シ間隙ヲ生スルコトアルヲ以テ其厚サハ十分ナルヲ要ス即チ平均七十珊米トシ下層約一米上層ニ至ルニ従ヒ減少スル如クスルヲ可トス


以上ノ如キ設備ヲ為セシニ当時外気温度零下二度ナリシモ幕舎内ニ於テ約二十分間焚火セシニ十二度ニ上昇セルヲ見ル蓋シ此ノ温度ヲ絶エス維持シ得ハ睡眠モ困難ナラサルヘシ

警急集合

非常号音ニ際シ第一、第四中隊ノ集合ハ四分、第二中隊ハ最モ遅ク六分三十秒ヲ要シタリ是レ第一、第四中隊ハ各舎ニ二名ノ兵卒ヲ残シテ携帯天幕ノ除去其ノ他ノ整理ニ任シ他ハ直ニ集合シタルニ第二、第三中隊ハ此ノ処置ナク且第二中隊ハ出入口ノ設備少ナカリシニ因ル」

付属設備

入口ノ幅ハ八十珊米乃至一米ヲ適当トスルモノヽ如ク其ノ数ハ警急ノ際ヲ顧慮シ廠舎ノ大小ニ応シ二個以上ヲ設クルヲ要スルコトアリ尚風向ニ反シ其前方約一米ニ別ニ墻壁ヲ設ケ風雪ヲ防クヲ可トス又閾ノ如キモノヲ雪若ハ板等ニテ築キ以テ汚水ノ浸入ヲ防クヲ可トス」
屋蓋頂ニハ天幕ノ一部ヲ解キテ煙ノ昇騰ヲ便ニス其ノ中徑ハ三十珊米ヲ下ルヘカラス而シテ其ノ開閉ハ自在ナルカ如クスルヲ可トス焚火ノ為メ廠内適当ノ処(概ネ中央)ニ中徑五十珊米(若クハ幅五十珊米長一米)深二十珊米ノ穴ヲ掘開スヘシ其形状ハ廠舎ノ形状ニ応スヘク其数ハ廠舎ノ大小ニ従フヘシ尚炊爨ヲ為ス如ク設備スルトキハ更ニ便ナリトス
就寝ノ直前ニ於テ藁灰ヲ以テ火ヲ覆ヒ井形ノ框上ニ棒ヲ網状ニ置キ毛布数枚ヲ以テ之ヲ覆ヒテ炬燵ヲ形成スルトキハ殆ト寒気ヲ感セス安眠スルヲ得尚之ヲ利用シテ湿ヒタル被服装具ヲ乾燥セハ更ニ妙ナラン(明年四十年二月熊ノ堂ニ於ケル終夜露営ニ於テ実験ス)

第五 携帯昼食ノ寒気ニ感応スル状況

温度甚シク低下セサルヲ以テ著シキ感応ヲ認メス
雪中行軍ハ空腹ヲ感スルコト多キヲ以テ間食ヲ準備スルコトヲ忘ルヘカラス間食ハ寒気ニ遭フモ変化セサルモノナルヲ要ス之カ為メ重焼麺麭或ハ豆餅ヲ可トス豆餅ニハ若干ノ塩分ヲ含有セシムルトキハ寒気ニ遭フモ凍結セス又十数日ヲ経ルモ硬化スルコトナシ
豆餅ノ分量概ネ左ノ如シ

糯米 一〇〇升 豆 二〇升 塩 六升

昼食ノ寒気感応ノ景況左表ノ如シ


第六 積雪中ニ於ケル戦闘ノ研究

積雪ハ攻撃防御共ニ其動作ヲ妨害ス殊ニ攻者ノ運動困難ニシテ戦争動作ハ之カ為メ多大ノ障害ヲ受ケ射撃姿勢ハ堅固ナル能ハス地物ノ利用ハ困難トナリ運動中ハ未タ発汗セサルニ呼吸切迫シ歩行自由ナラス畑地ヨリ成ル約八十米ノ斜面ヲ攀登スルニ殆ト膝関節ノ機能ヲ失ヒタルカ如キヲ見ルモ其一般ヲ知ルニ足ル突撃実施ニ際シテ敵ノ最モ有効ナル射界ニ於テ逡巡セサルヘカラサルノ不利アリ兵卒ノ脈拍ハ多キハ百二十二少キモ百五ナリキ
防者ハ工事容易ニシテ積雪ハ自然ニ良好ナル副防御ヲ成スノ利アリト雖防寒ノ設備十分ナルニアラサレハ之カ為メ損害大ナルヘシ以下攻者ニ就キ研究セシ事項ヲ述フ

一 警戒行軍

警戒部隊モ亦雪踏部隊ヲ設クルヲ要ス其位置ハ通常前兵支部若クハ前兵ノ後方ヲ適当トスルカ如シ是レ先兵ノ後方ニ在ルトキハ不意ノ射撃ヲ受クルノ恐アリ且斥候及先兵、前兵等ハ雪踏隊ナク前進スルモ対敵ノ姿勢ヲ取ルコト容易ナレハナリ
行軍間道路外ノ通過困難ニシテ時間ヲ要スルコト大ナルヲ以テ命令報告等ノ伝達ハ全テ逓伝法ニ依ルヲ可トス単簡ナル口達ハ小隊長及分隊長ニ於テナスヘシ」
斥候特ニ側斥候ハ成ル可ク道路ニ由リ以テ後レサルヲ要ス一般ニ斥候等ノ動作困難従テ捜索モ亦不十分ト為ルヲ以テ歩兵独立ノ場合ニ於テハ将校斥候ヲ遠ク先遣スルヲ要ス
時機ニ後レサラン為メ各隊間ノ距離ヲ短縮スヘシ

二 開進及展開

行軍長径ハ伸長シ命令伝達ハ遅緩シ易キ雪中ノ行軍ニ於テ路外ニ開進スル為メ積雪ヲ踏過スルハ容易ノ業ニアラス故ニ之ヲ迅速ナラシムヘキ方法手段ヲ講セサルヘカラス行軍間ノ雪踏隊ハ戦闘開始以前ニ其ノ所属隊ニ復帰スルヲ至当トスヘキヲ以テ各隊ハ縦令開進ノ命ニ接セサルモ戦況開進ノ時機切迫スルヲ知ラハ直ニ藁履若ハ樏ヲ各其ノ先頭ノ小単位部隊ニ穿用セシメ道路外ニ於ケル自己ノ分進集合ヲ容易ナラシムルヲ要ス
展開ノ際ニモ状況之ヲ許セハ以上ノ処置ヲナスヲ可トス
大日原ニ於ケル歩兵五百名ヨリ成ル大隊ノ展開ニ二十分乃至二十七分ヲ要シタリ

三 散開

最初ノ散開ニ於テ確実ニ方向及正シキ間隔ヲ取ルコト緊要ナリトス
之カ為メ成ル可ク隠蔽地ニ於テ準備スルコト必要ナリ開濶地ニ於テ行フ場合ニ於テモ横隊ヨリ先ツ其ノ位置ニ散開セシメ隊形ヲ正シテ後前進ニ移ルヲ要ス否ラサレハ徒ニ混雑ヲ招クノミナルヘシ大日原ニ於ケル全中隊ノ同時散開ニ五分ヲ要シタリ

四 射撃姿勢ハ主トシテ膝姿ヲ用ヰタリ四十珊米以上ノ積雪ニアリテハ伏射ノ姿勢ヲ取ルコト困難ナリ(積雪氷結シアル場合ハ此限ニアラス)此姿勢ヲ取ラントセハ停止後直ニ小依託物ヲ構築スルヲ要ス尚両肘ノ滑走セサル如ク注意スルヲ要ス膝姿ヲ取ルモ半身雪ニ没シテ目標ヲ大ナラシムルコトナク姿勢モ亦伏射ニ比シ却テ確実ナリ

五 散兵線ノ運動

散兵線ノ運動ハ困難ナリ疾駆前進セシ散兵モ約十米ニシテ駆歩ト為リ更ニ十米ヲ通過セサルニ速歩ニ変シ停止後モ呼吸迫リテ容易ニ射撃ヲ開始スル能ハス故ニ躍進ハ成ル可ク速歩ヲ以テ前進シ已ムヲ得サルニ至リ疾駆若クハ駆歩ヲ用ウルヲ可トス而カモ駆歩ハ約三十米ヲ越ユヘカラス而シテ積雪量大ナルニ従ヒ躍進部隊ノ区分ヲ多クシ遂ニ個人躍進ヲ用ウルノ已ムヲ得サルニ至ルヘシ散兵ノ前進ニ要セシ時間左ノ如シ


六 援隊予備隊ノ運動

是等ノ隊ハ運動困難ナルヲ以テ適時ノ増加ヲ顧慮シ其ノ距離ヲ短縮スルヲ要ス
援隊ハ散兵線射撃ヲ開始スルニ至ラハ散開シアルヲ有利トス予備隊モ運動ニ便ナル隊形ヲ選択スルコト殊ニ緊要ナリ

七 命令報告ノ伝達

戦闘間ハ伝達殊ニ困難ナリ隠蔽地内ニ在リテ歩行伝達ノ如キハ不可能ト謂フモ過言ニアラス各隊長間、隊長ト部隊間ニハ約三、四十米毎ニ逓伝兵ヲ配置シ以テ伝達ノ確実ヲ保持セサルヘカラス而シテ此ノ逓伝兵ハ記号若クハ音声ヲ以テ伝達スヘシ音声ヲ以テスルトキハ喇叭式送音器(
ノ如キモノ)ヲ巧ニ使用セハ大ニ便ナラン
斥候ト隊長トノ連係モ記号、手旗信号逓伝法ニ依ルヲ要ス手旗ノ一方ノ白旗ハ黒旗若クハ緑旗ニ代フルヲ可トス

八 突撃

自然的副防御タル積雪ニ障害セラレツヽ前進スル攻者ハ常ニ優勢ナル火力ヲ被ムルコトヲ覚悟セサルヘカラス故ニ適好ナル射撃陣地ヲ占領シテ火力ニ依リテ勝敗ヲ決スルコトヲ努ムルヲ有利トス然レトモ操典ノ所謂工事ニ固着セル敵ハ遂ニ銃剣ヲ以テ之ヲ駆逐セサルヘカラス而シテ突撃ノ距離ハ著シク短縮スルヲ要ス第一日ハ約百五十米、第二日ハ約七十米ヨリ突撃ヲ実施シタルモ半途ニシテ速歩而カモ緩歩ト為リ其ノ半数以上ハ敵陣ニ突入スルモ果シテ敵ヲ突破シ得ルヤ否ヤ疑シキモノアリ故ニ突撃ノ距離ハ五十米以内ナルヲ要ス

第八 帰隊後ニ於ケル一般疲労ノ度並翌日ニ亘ル衛生状態

帰営当時稍々疲労ノ態アリシモ患者ナク翌日ハ常日ノ衛生状態ニ異ナルコトナシ
第五中隊ニ於ケル十名ノ体重比較ハ付表第四ノ如シ















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