『心理学教程 


表紙

題名
心理学教程
著者
陸軍予科士官学校
出版


昭和十九年
備考
引用文にある、項目の三が、重複しているが、原文どおり(誤記)

三 鳩

一、視覚 鳩は色彩を識別し得るも、人間程鋭敏ではない。視知覚に就ては、大きさの判断が存在し、形態知覚も、三角形弁別の実験報告があつて、是が可能なるものと推定せられる。(斜視も存在するものと称せられて居る)。伝書鳩を鳩舎周辺の地形に馴致せしめ、後此の地形を変形して、鳩の馴致せる形態を破壊するときは、彼等の帰着を困難又は不可能ならしめる。

二、聴覚 鳩の聴覚は、発達せるものである。

三、平衡感覚 鳩は眼球震盪を有する。受動的の回転運動、特に垂直軸を中心とする回転に際して現はれる補償的眼球運動(回転に対して静止せんとする所の、回転を補償する運動)を眼球震盪と称へる。鳩を回転台に載せて回転するとき、其の回転が余り急速でないときは、眼球は同一面に於て、台の回転方向とは反対の方向に徐ろに運動し、視軸と正常位に於ける眼球軸となす角が極大となるに及んで、急激に元の位置に復帰し、此の現象が繰返される。是が鳩の眼球震盪であつて、平衡状態を保たんとする運動である。

三、痛・触覚 鳩は皮膚の痛覚には鋭敏であるが、軽き接触は感受しない。

四、嗅覚 鳩の嗅覚は余り発達しない。

五、条件反応 鳩は音及光に対して能く条件反応を行ひ、一度形成せられた条件反応は、何等補強を加へなくとも、数週間保持せられる。

六、位置習慣 鳩に在つては、位置習慣が強い。鳩は有毒な穀物を与へることに依つて実験した結果に拠れば、鳩は味覚及嗅覚に依つて其の有毒穀物を回避するものでなくて、位置習慣に依つて、是を回避するものなることが知られた。又一つの鳩舎内に在つても、自己の宿る位置を一定して、是を強く主張する。

七、帰巣性 鳩は愛巣の念が深い。伝書鳩は特に帰巣性が強い。伝書鳩の帰巣は、食物に密接に関連するものと考へられ、帰巣の手懸りとしては、視覚が使用せられる。盲目の鳩は、短距離にても帰巣しない。巣の方向を知るに就ては、前述の如く、位置感覚の発達せることに何等かの関連があるのではないかと考へられる。

八、訓練と賞罰 鳩は馴れ易いが、敏感にして恐怖し易い。一般に動物の訓練に対しては、賞罰の二方法が使用せられるが、鳩に在つては、罰を使用することは細心の注意を要する。普通鳩の訓練は、鳩の空腹時を利用し、口笛・篩音を発した際、鳩手の所に集り来れるものに、食餌を賞与することに依つて、行はれるものである。
従来の動物実験を総合するに、単に学習を効果的ならしめる点からのみ観察するときは、賞よりも罰に依る学習が効果的であるとせられて居る。然れども一般軍用動物に在つては、扱者に対する親和性を養ふことも必要である。故に軍用動物の訓練に当つては、動物の服従性を傷けざると共に、扱者に対する親和性を破壊しない様に、賞罰の行使には十分の注意を必要とするものである。
又賞罰を与へる際には、動物が扱者の意図する通りに、賞罰を感得する如く与へる様研究するを要する。例へば柵内に帰ることに遅れた馬を、柵の入口に待構へて殴打すれば、馬は柵内に帰ることが、誤れるものと感得して、愈々柵内に追込むことが困難となるが如きである。



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