愚感 伝書鳩 (ある愛鳩家の草稿より)


B4のわら半紙一枚(挿し絵入り)


愚感 伝書鳩

城島嘉輝

 人間の仕事の最も大切なことは何んであるかと云ふに文化を進めて人世を幸福ならしむることである。文化を進めるといふことは宇宙の森羅万象を多く人生に利用する事である。科学の研究と応用との必要は茲に存するのである。要するに人間は之等の可及的広汎に渉る利用により、より多大の福祉を増進するに資するものであることは当然の事と云はねばならぬ。
 茲に於て其一例を挙ぐれば正に彼の伝書鳩の如きである。元来伝書鳩の如きは古い時代から其の特性の人の利用するに適しゐたに係はらず殆ど之が利用を見ずに経過して来た。顧れば欧州大戦中此の伝書鳩の利用は絶大無比の威力と効果を収め得、終にその戦後に於て漸次真価を認められ実際化して来た様であるが一方我国に於ては従来殆ど軍事方面に限られ一般民間の飼育は殆ど稀であった。然るに近時それが益々急速度を以てその飼育に進展を見、一般民間に普及されつゝ有ることは独り飼育者のみの喜びに止らずして国家的に慶賀すべき次第である。
 すでに御承知の如く去る五月二十四日より開催されたる極東オリンピック大会に於て陸海軍を始め各新聞社並に民間の鳩団体による伝書鳩総計数千羽の一斉放鳩の盛観は最早伝書鳩も趣味娯楽のものに非ずして、其際に於ては大会競技の一種目として編入され、完全なるスポーツの一種として取扱はるゝに至りたるは誠に其の使命の重大なる事と思惟す。
 思ふに伝書鳩の特性を知って能く之を利用する時は通信は勿論引いては交通産業上其他種々の便益を与ふることは明かなる事である況や一朝、国際間の事変に際しては国防並に軍事上に重大なる責務を負ふことゝなるべく而して其の実蹟たるや文明の精巧なる利益にも遠く及ばざるものが有る事を確信するものである。
 要するに時世は昔日の伝書鳩飼育の如く単に娯楽愛玩のみに止らず時代の進展は此等伝書鳩をして人生に対して益々その使命の重大なるものに進ませつゝあることを断言し得るのである。

  伝書鳩飼育に従事すること、満三ヶ年に当りいさゝか愚感の一先を敢て開き皆様の万分の一の御考慮を煩し得れば至上の喜悦である。
 (五、六、八、「創告」より)



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