| 題名 |
英、仏軍ノ軍用鳩ニ就テ |
| 著者 |
臨時軍事調査委員 |
| 出版 |
＊ |
| 版 |
大正八年九月二十日陸軍省印刷 |
| 備考 |
画像・本文とも、ウェブサイト「アジア歴史資料センター」の「単行書・陸乙七四・英仏軍ノ軍用鳩ニ就テ」（Ref.A04017276400）が底本。 |
| 英、仏軍ノ軍用鳩ニ就テ 要旨 本書第一編ハ大正七年三月英国参謀本部ニ於テ野戦軍用鳩使用ニ関シ将校必携トシテ出版シタルモノニシテ軍用鳩ノ飼養管理、取扱法、通信方法、航空機ヨリノ使用注意竝編制其ノ他疾病及諸注意ヲ縷述セリ第二編ハ仏国軍カ大正七年五月軍ノ鳩取扱兵教育ノ目的ヲ以テ極メテ簡易ニ編纂セシ講授録ニシテ共ニ軍用鳩飼育竝使用上参考ニ資スヘキ点多キヲ以テ茲ニ訳述紹介ス ＊＊＊ 英、仏軍ノ軍用鳩ニ就テ 目次 第一編 戦時ニ於ケル英軍ノ軍用鳩用法……四頁 第一章 緒言……四 第一節 総則……四 第二節 鳩ノ帰来性……五 第三節 幼鳩……七 第二章 鳩ノ管理……八 第四節 鳩舎……八 第五節 鳩ノ取扱……一六 第六節 飼養管理……一六 第七節 鳩舎ノ標識……一八 第八節 鳩籠及運搬法……一九 第三章 通信業務……二二 第九節 通信ノ書方……二二 第十節 軍用鳩ニ通信書ノ固定法……二三 第十一節 発信及受信……二七 第四章 英国出征軍ニ於ケル軍用鳩勤務ノ編制……二八 第十二節 英国出征軍軍用鳩ノ用法……二八 第五章 航空機ヨリスル軍用鳩ノ用法……三三 第十三節 要領……三三 第六章 軍用鳩勤務ノ過誤……三四 第十四節 管理ノ失当……三四 第十五節 鳩及装備具ノ損失……三五 第十六節 鳩ノ疾病……三六 付録 第一 固定鳩舎ノ器具材料……三八 第二 移動鳩舎ノ器具材料……三九 第三 各司令部ノ器具材料……四一 （一） 総司令部……四一 （二） 軍団司令部……四一 （三） 師団通信中隊本部……四二 （四） 騎兵師団……四二 第四 通信文記載例……四三 付図 第二編 仏軍軍用鳩飼育法……四五 第一章 緒言……四五 第二章 鳩取扱者ノ責任及具備スヘキ性格……四九 第三章 鳩舎……五一 第四章 軍用鳩……五三 第五章 軍用鳩ノ帰還スル本能……六〇 第六章 軍用鳩ノ食料……六五 第七章 演習ノ必要……七三 第八章 病気─手当……七六 第九章 手術……八七 第十章 寄生虫……八八 ＊＊＊ 英仏軍ノ軍用鳩ニ就テ 第一編 戦時ニ於ケル英軍ノ軍用鳩用法 第一章 緒言 第一節 総則 第一 這次戦役中軍用鳩ノ使用ハ陸海軍共ニ非常ニ重要視スルニ至リ異常ノ発達ヲ来タセリ 第二 海軍ニ於テハ軍用鳩ハ無線電信ヲ利用シ得サル場合陸上ト通信スル為ニ用ウ 陸軍ニ於テハ砲火猛烈ニシテ弾丸雨下スルトキ又ハ毒瓦斯煙ノ幕ヲ通シ他ノ通信方法ヲ講シ得サルノトキ鳩ヲ使用シテ重要ナル通信ヲ伝達スルコトヲ得 現在ニ於テハ鳩ハ一般ニ戦線ノ塹壕及歩兵隊又ハ攻撃前進中ノ「タンク」ヨリノ通信ニ使用セラル其ノ他陸海軍共ニ航空機ヨリ軍用鳩ヲ使用シテ其ノ通信ニ成功セリ 第三 運動戦ニ於テ敵ニ遮断セラレタル両地区間ノ通信手段トシテ鳩ハ必要欠クヘカラサルモノナリ又鳩ハ前方ニ行動スル騎兵及他部隊ノ斥候ヨリ通信ヲ携行帰来シ得ルヲ以テ益其ノ価値ヲ認メラル 第四 戦場ニ於テ軍用鳩ノ効果ヲ適確ナラシメムカ為ニハ戦地ニ於テ軍用鳩ノ教育及配当、鳩舎ノ管理ニ専任セラレタル将校及兵卒ハ鳩ノ飼養及保護ニ関シ十分ノ智識及経験ヲ有セサルヘカラス 戦線ニ於テ発信又ハ飼養等ノミニ従事スル兵卒ニ対シテハ鳩ノ取扱ニ関シ単ニ二、三ノ事項ヲ教育注意シ置ケハ十分ナリ 第二節 鳩ノ帰来性 第一 総テノ鳥類ハ自己ノ巣ニ帰来スル通性ヲ有ス殊ニ他ノ鳥類ヨリモ容易ニ人ニ馴レ易キ鳩ハ昔時ヨリ此ノ帰来性強烈ナルヲ認メラレ数世紀前ヨリ通信伝達者トシテ利用セラレタリ 第二 鳩ノ帰来性ヲ単ニ其ノ本能ニ帰スルカ又ハ地形ニ関スル記憶或ハ視力ノ異常ニ敏捷ナル咸能ニ帰スルカニ就テハ専門家中其ノ所説ヲ異ニスルモ戦場ニ於ケル実験ニ徴スレハ六十乃至七十哩ヲ越エサル距離ヲ飛翔セシムルトキ鳩ノ記憶力及視力ハ帰来ニ関シテ最重要ナル条件タルコト疑ナキカ如シ 第三 鳩ヲ或地点ニ帰来セシムルニハ漸進的ニ教育スヘシ若未教育ノ鳩ヲシテ最初ヨリ四、五十哩ノ距離ヲ飛翔セシムルトキハ其ノ帰来不確実ニシテ且甚タ遅延ス幼鳩カ一、二、五、十、十五、二十、三十哩ト漸次飛翔距離ヲ延長シテ教育セラルルトキハ熟地ニ於テ晴天ノ際確実ニ五十哩ノ飛翔ヲ為シ得ヘシ 第四 鳩ノ帰来スル速力ハ風向及風速ニ関ス即チ快晴ニシテ順風ノトキハ一分時千二百乃至千七百碼ヲ飛翔ス之ニ反シ逆風ノ際ハ一分時八百乃至九百碼ニ其ノ速力ヲ減ス 第五 鳩ノ飛翔スル高サモ風ノ如何ニ関ス即チ静空ニ於テ飛翔ノ普通高度ハ二千四百呎ニシテ逆風ナルトキハ初メ其ノ方向ヲ定ムル為高ク昇リ後地上七十乃至八十呎ノ高度ニ下降スルカ又ハ樹木、家屋ノ介在物ニ視界ヲ妨害セラレサル最小限度ノ高サニ下降ス順風ノ際ハ最適当ナル気流ヲ利用スル為普通高度以上ニ昇翔スルコトアリ 第六 濃霧ノ際ハ正確ニ帰来スルコト頗ル困難ナリ且鳩ヲ夜間飛翔セシムルトキハ其ノ帰来ハ確実ナラス若黄昏後放鳥セハ鳩ハ其ノ夜塒木ニ休止シ翌日日出ト共ニ再ヒ其ノ飛翔ヲ開始ス 第七 非常ノ場合ニ於テノミ長距離ヲ飛翔セシムルコトアリト雖飛翔スヘキ距離増大スルニ従ヒ鳩ノ斃死又ハ錯誤ヲ生スル危険ハ益増加ス 飛翔ニ最適当ナル天候ニ於テハ調教完全ナル老鳩ハ四百乃至五百哩以上ヲ飛来スルコトヲ得長距離飛翔ノ記録ハ千九百十三年ニ於ケル英国、羅馬間千〇〇一哩ノ飛翔トス然レトモ放鳥シタル百六羽中僅ニ二羽ノミ帰来シタリト云フ 第八 軍事上百哩以上ノ飛翔ハ特別ノ場合又ハ既ニ能力ヲ証明セラレタル第一流ノ鳩ニアラサレハ実施シ得ス 第九 十哩ノ距離ニ於テハ一羽ノ鳩ヲ以テ確実ニ通信ヲ伝達スルコトヲ得ルモ之ヲ百哩ニ延長スルトキハ通信ハ二通トシ各一通宛ヲ二羽ノ鳩ニ託スヘシ又天候不良ノ際モ同様ニ重複放鳥ヲ行フコト必要ナリ然レトモ若シ鳩ノ数僅少ナルカ又ハ鳩ノ補充不確実ナル場合ニハ一羽ヲ使用スルノ已ムナキ事情ヲ通信書ノ正本ニ記載シテ放釈スヘシ而シテ副本ハ其ノ後ノ通信ヲ携行セシムル第二ノ鳩ニ託スルコトヲ得 緊急ヲ要スルカ又ハ重要ナル通信ハ必ス重複通信ノ方法ニテ発送スヘシ 第十 鳩カ鳩舎ニ帰来スル習慣ト其ノ之ヲ発見スル正確ノ程度ハ善良ナル取扱及飼養ニ依リテ舎内居住ノ習慣ヲ向上セシメタル度合ニ関係スルコトヲ忘却スヘカラス故ニ鳩舎係ニハ常ニ熟練シタル者ヲ配属スルコト緊要ナリ 第三節 幼鳩 第一 良好且手厚ク飼育セラレタル鳩ハ一年中何レノ時期ニ於テモ蕃殖シ得ルモ鳩ヲ配偶セシムルノ最好時機ハ二月中旬トス雄鳩ト雌鳩ハ配偶前殆ト一箇月間隔離スヘシ配偶スルトキハ鳥ノ各番ハ区画セラレタル副房ヲ要ス 第二 配偶ノ八日後雌鳩ハ第一卵ヲ産シ一日ヲ置テ第二卵ヲ産ス雛鳩ハ産卵十七日後ニ於テ孵化スルモノトス 第三 雄鳩、雌鳩共ニ抱卵シ且雛鳩ヲ哺育ス雄鳩ハ午前十一時ヨリ午後三時マテ抱卵シ雌鳩ハ其ノ餘ノ時間ヲ抱卵ス鳩ノ飛翔練習ヲ整調スル為上記ノ事実ヲ記憶スルコト甚タ重要ナリ雄雌共ニ此ノ抱卵時期ニ於テ最良ク飛翔シ且帰来性旺盛ナリ 第四 雛鳩カ十分成長スルヤ否ヤ直ニ之ヲ分鳩舎ニ移シ而シテ数日後棲木就眠及採食ニ慣レタルトキニハ之ヲ外出セシムルコトヲ得ルモ此ノ新鳩舎ノ周囲ニ全ク馴致スル迄ハ調教飛翔ヲ行ハサルモノトス之カ為ニハ二、三週間ノ予備飛翔ヲ要スルモノナリ 第五 幼鳩（Squeaker's）トナリ生後三箇月ヲ経タルモノハ勤務作業ノ準備ヲ為スヘシ此ノ時期ニ於テ強壮ナル幼鳩ハ調教シアラハ裕ニ戦場ニ於テ十乃至五十哩ノ飛翔ニ成功ス 第六 幼鳩カ其ノ巣又ハ鳩舎ニ全ク馴致スルヤ直ニ調教ヲ開始ス而シテ演習後自ラ鳩舎ヲ発見シ採食ニ帰来スル如ク教育スヘシ 鳩ハ其ノ体格強健ナルモノハ飛翔演習ノ際自由ニ飛翔シ且又通信ヲ携行帰来セシムルニ其ノ速度早シ 第二章 鳩ノ管理 第四節 鳩舎 第一 鳩ハ鳩舎又ハ派出所ニ配属セラル 鳩舎ハ鳩ヲ収容シ通常通信ヲ以テ帰来スヘキ古棲トナルヘキ場所ニ建設セラル 鳩舎ヲ左ノ如ク区分ス Ⅰ 固定鳩舎 Ⅱ 移動鳩舎 尚移動鳩舎ヲ左ノ如ク区分ス 1 馬曳移動鳩舎 2 自動車移動鳩舎 派出所ハ鳩ヲ鳩舎ヨリ鳩籠ニ入レテ派遣シ発信ノ姿勢ニ在ル所トス 派出所ヲ左ノニ様ニ区分ス （一） 歩兵用軍用鳩派出所 （二） 騎兵師団用移動軍用鳩派出所 固定鳩舎ハ特別ノ構造ヲ有シ通信部ニ依リテ選定セラレタル地点ニ建設セラルルカ又ハ戦地ニ現存スル地方鳩舎ヲ徴発シ総軍通信部長之ヲ交付ス 第二 固定鳩舎ハ家屋ニ近接セル納屋、住宅又ハ物置等ヲ利用シテ建設ス 戦場ニ於ケル固定鳩舎ハ或ル目的ノ為ニ特種ノ構造ヲ有スル木造小屋トス 鳩舎ハ必要ナル鳩ノ数ニ応シ種々ノ形ヲ有ス而シテ一箇ノ大鳩舎ヲ作ルヨリモ数箇所ノ小鳩舎ヲ応用スル方寧ロ有利ナリ蓋シ一箇所ニ於テ多数ノ鳩ヲ練習飛翔セシムルトキハ敵ノ飛行機又ハ密偵ニ対シテ鳩舎ノ位置ヲ発見セラレ易キ不利アルヲ以テナリ 第三 鳩舎ノ位置ヲ選定スル場合ニハ次ノ事項ニ注意スルヲ必要トス （一） 鳩舎ノ付近ニ電信線アラサルコト （二） 周囲ハ高屋又ハ樹木ニ依リ繞囲セラレアラサルコト 而シテ固定鳩舎ハ最寄通信所ト電話ヲ以テ連絡シアルコト必要ナリ 第四 鳩ニ対スル設備ハ十分ナルヲ要ス何トナレハ狭隘ナル鳩舎ニ於テ鳩ハ良好ナル発育ヲ遂ケ難ケレハナリ鳩舎ノ空間ハ一羽ニ対シ一立方呎十四乃至十五ヲ要スルモノトシテ算定スヘシ（鳩舎ノ内ニ何等ノ什器等ヲ設備セサルモノトシテ）幅六呎、長サ八呎、高サ七呎ノ鳩舎ハ繁殖ノ目的ヲ以テ十二対ノ親鳥ヲ入ルルニ適シ尚新鳩舎ニ分離スルニ十分ナル発育ヲ遂クル迄同数ノ雛鳩ヲ収容シ得 第五 各鳩舎ハ一乃至数箇ノ係蹄（Trap）ヲ要ス而シテ各係蹄ニハ電気装置ヲ施シ服務中ノ下士ニ鳩カ通信書ヲ携行帰来シタルコトヲ告知スルカ如クス 係蹄ハ鳩舎ノ中ニテ鳩カ係蹄ニ入リナカラ周囲ノ状況ヲ見得ルカ如キ場所ニ置クヘシ 第六 鳩舎内ハ明ルク空気ノ流通良好ニシテ鳩数ニ応シ十分ナル数ノ小ナル棲木ヲ備フヘシ此ノ棲木ハ四角ナル浅キ箱形ニシテ壁ニ付シ各棲木ハ十吋平方ニシテ前後三吋ノ縁ヲ有ス 棲木ハ不足セサルカ如ク準備スヘシ何トナレハ鳩カ各自一箇ノ棲木ヲ占有セサルトキハ争闘ヲ惹起シ為ニ飛翔能力ニ非常ノ関係アル羽毛ヲ損傷スレハナリ 第七 移動鳩舎ハ固定鳩舎ヲ建設シ能ハサル地点ニ於テ使用ス仏国ニ於ケル英国出征軍ニハ師団毎ニ二箇ノ馬曳移動鳩舎ヲ配属シ移動鳩舎ニハ定数トシテ六十乃至七十五羽ヲ収容ス而シテ鳩カ一定ノ場所ニ於テ此ノ移動鳩舎ニ帰来スヘク馴レタル後ニ於テハ部隊ノ前進、後退ニ応シテ移動鳩舎モ前進、後退スルコトヲ得 第八 移動鳩舎ノ内部ノ設備ハ固定鳩舎ト略同様ナルモ鳩カ演習又ハ調教飛翔ノ為解放セラルル前四囲ノ状況ヲ容易ニ記憶シ得ル為ニ鳩舎ノ頂上ニ展望檻ヲ設クヘシ 第九 移動鳩舎カ新位置ニ移動シタルトキハ鳩カ新鳩舎ヲ発見スルニ必要ナル諸種ノ条件ヲ考察シ放鳥ニ際シ十分ノ注意ヲ払フヘシ 移動ノ際鳩舎ノ新位置ヲ選択スルニハ常ニ熟練ナル鳩舎係ノ意見ヲ徴スヘシ其ノ位置ハ出来得ル限リ樹木又ハ高屋ニ遮蔽セラレサル所ナルヲ要ス 第十 鳩舎移動ノ範囲ヲ決定スルニハ次ノ諸項ヲ斟酌スヘシ即チ空中ヨリ新鳩舎ヲ明視シ得ルコト、取扱者ノ性格、取扱人ノ鳩ニ対スル取扱ノ適否、鳩カ帰来スルニ馴レタル航路ニ沿フテ新シキ鳩舎ノ位置選定等トス 第十一 鳩舎移動後取ルヘキ処置概ネ次ノ如シ 鳩舎カ一哩位移動スル場合ニハ鳩ヲ新シキ派出所ニ送ル前ニ一、二日間鳩舎ノ頂上ニ設ケタル展望檻ノ中ニ入レ次テ少数ノ鳩ヲ飢餓ノ状態ニシテ屋上ニ放チ鳩カ飛翔シ而シテ鳩舎ニ帰来スレハ直ニ残餘ノ鳩ヲ同時ニ少数宛放鳥ス斯クシテ実際ニ鳩ヲ通信ノ為使用スルニハ其ノ以前尚二、三日間此ノ練習ヲ継続スヘシ 第十二 次ノ事項ハ移動鳩舎カ新シキ位置ニ移動シタル後鳩ヲ鳩舎ニ帰来セシムル一般ノ方法ナリ然レトモ細項ニ亙リテハ鳩舎ヲ移動セシメタル距離ニ依リテ種々異ルモノナリ 鳩舎ハ少クトモ三日間閉鎖シ置キ鳩カ四囲ノ状況ヲ観察シ且其ノ状況ニ馴致スル迄飛翔セシメサルヲ可トス 原則トシテ新位置ニ馴居スルマテハ餌ヲ以テ鳩ヲ容易ニ呼ヒ集メ得ル様一般ニ減飼シ置クヲ要ス 第四日ニ天気晴朗ナラハ老鳩ノ第一群（十二羽）ヲ結著（Braced）（第二十一参照）シ而シテ食餌ヲ与ヘス鳩舎ノ屋根ニ置キ鳩舎係助手ヲシテ呼ヒ集メシメ鳩カ鳩舎ニ帰来スルマテハ食餌ヲ与ヘス 第五日ニ至リ以上ノ鳩群ヲ再ヒ結著シテ出シ再ヒ呼ヒ入レ又夕刻ニ至リ結著セスシテ舎外ニ出シ再ヒ餌ヲ以テ呼ヒ入ル若天気良好ニシテ無風ノ際尚第二群（十二羽）ヲ結著シテ鳩舎ノ屋上ニ置ク 第六日ニハ第一群ハ舎外ヲ飛翔セシメ第二群ハ夕刻結著セスシテ舎外ニ出ス（第五日ニ於ケル第一群ノ如シ）第三群（十二羽）ハ結著シテ鳩舎ノ屋上ニ置キ斯ノ如クシテ各鳩カ鳩舎ノ周囲ヲ飛翔シ得ルニ至ルマテ毎日連続此ノ方法ヲ実施ス然レトモ原則トシテ各鳩カ全ク馴居スル迄ハ一時ニ二十四羽以上ヲ結著セスシテ放釈スヘカラス 戦況有利ナル場合ハ七十二羽ヲ有スル鳩舎ノ移転馴居ニハ約十日間ヲ要ス 第十三 鳩舎カ五、六哩乃至十哩ノ距離ヲ移動スルトキニハ飛翔セシムル前約一週間ハ鳩舎内ニ抑留シ而シテ軍事上ノ目的（通信勤務）ニ使用シ得ル迄ニハ尚一週間ノ日子ヲ要ス（鳩舎付近ノ練習飛翔ノ為） 第十四 実際ニ於テハ移動鳩舎ヲ一時ニ移動セシムル距離ニ制限ナキモ二十哩乃至三十哩以上移動スルトキハ鳩舎ノ周囲ニ慣レシムル為前記ノ日子ニ尚一週間以上ノ日子ヲ要スヘシ 此ノ場合ニ於テ鳩舎カ移動スヘキ方向ハ此ノ日子ニ非常ノ関係ヲ有ス即チ以前ノ鳩舎ノ位置ニ帰来スル様ニ慣レタル地区ヲ飛翔スルトセハ未知ノ地区ニ移動シテ飛翔スルヨリモ鳩舎ニ馴致セシムル為ニハ僅少ノ日子ニテ可ナリ 第十五 鳩舎ノ新位置ニ同一ノ鳩取扱者ヲ随伴セシメ而シテ鳩ノ調教慈育ニ従事セシムルトキハ鳩ハ其ノ取扱者ノ号令ヲ熟知シ鳩舎ニ帰来セシムルニ手数甚タ少キモノトス 第十六 戦術上ノ用途以外ニ於テモ時々移動鳩舎ノ位置ヲ若干距離移転スルコト必要ナリ此ノ移動ハ百碼ヲ超ユルノ必要ナシ若是以上ニ出ツルトキハ新位置ニ於ケル鳩舎発見ノ練習ヲ鳩ニ施ス必要ヲ生ス 第十七 移動鳩舎ハ寧ロ発見容易ナルヲ要スルモ時トシテ若干ノ仮装ヲ施シ又ハ保護ノ為掩壕内ニ引キ入ルルコトヲ得又移動鳩舎ニ於ケル鳩ハ直ニ砲火ニ馴致スルモノナリ 第十八 一地ニ建設セラレタル固定鳩舎モ新シキ場所ニ移転スルコトヲ得而シテ適当ニ処置スレハ鳩ハ新位置ノ鳩舎ニ帰来シ得ルモノニシテ此処ニ鳩ヲ馴居セシムルニハ移動鳩舎ノ際ニ述ヘタル方法ト同様ノ原則ヲ適用ス有利ノ状況ニ在リテハ固定鳩舎ハ一羽ヲモ失フコトナク三十乃至四十哩ヲ移転スルコトヲ得 固定鳩舎ノ移動ノ際ニハ旧位置ニ兵卒ヲ残置シ若鳩カ誤リテ帰来セハ之ヲ追払フコト必要ナリ 固定鳩舎移動又ハ改築ノ際ハ鳩ヲ十分静ニ鳩籠中ニ入レ準備完成スル迄ハ決シテ鳩ヲ鳩舎ニ入ルヘカラス此ノ移動又ハ改築中ニ鳩ヲ混乱セシムルトキハ新シキ鳩舎ニ帰来スル性能ヲ障害ス 付図ハ固定鳩舎カ新シキ位置ニ移動シタルトキ放鳥スル前四囲ノ状況ニ馴致スル為固定鳩舎ノ屋上ニ設ケタル檻ヲ示スモノナリ固定鳩舎カ移動後鳩ヲ馴居セシメ而シテ勤務ニ服セシムル準備ヲ整フルニハ一乃至二週間ヲ要スルモノトス 第十九 固定、移動孰レノ鳩舎タルヲ問ハス一鳩舎ハ五十乃至六十羽毎ニ一名ノ熟練ナル取扱者ト一名ノ助手ヲ要ス而シテ助手ハ取扱者不在又ハ移動ノ際ニ於ケル鳩ノ取扱ニ関シ十分教育サレアルモノトス」 良好ナル取扱者ハ忠実ナル助手ヲ付セラルルトキニハ実際ハ百羽ノ鳩ヲ管理スルニ十分ナリ而シテ五十乃至百羽ヲ増ス毎ニ一名ノ取扱者ト一名ノ助手ヲ増員スルヲ要ス 第二十 固定及移動鳩舎カ新位置ニ移動後少クトモ四日間総テノ鳩カ鳩舎付近ノ飛翔ヲ終リ且天気良好ノトキニアラサレハ決シテ調教飛翔ヲ開始スヘカラス 調教ノ度ハ漸ヲ追ヒ初メハ鳩舎ノ視界内ヲ飛翔セシム其ノ際食餌ヲ給セスシテ飛翔セシムルモノトス 四日間調教飛翔ヲ終レハ塹壕用ニ耐フルモノトス 若気候良好ナルトキハ新地区ニ於テ使用シ得ルニ至ルニハ約二十日間ヲ要ス冬季天候不良ニシテ且鳩カ配偶セラレアラサルトキニハ約一箇月ヨリ五週間ノ日子ヲ許与セサルヘカラス 第二十一 鳩ヲ結著スルニハ鳩カ飛翔ノ際平衡ヲ失スル如ク一翼ヲ結束スヘシ翼ヲ結著スル方法ハ一翼ノ親羽ト第二羽ヲ注意シテ肩ヨリ腋下ニ紐ヲ以テ結ヒ飛翔ノ為該翼ヲ広ケ能ハサル如クス他ノ方法ハ親羽ト第二羽ニ軟石鹸ヲ厚ク塗抹スル法ニシテ此ノ方法ハ鳩カ四囲ノ状況ニ馴致セルトキ温湯ヲ以テ容易ニ溶洗シ得ルヲ以テ便ナリ若両翼ヲ結著スルトキハ不便ナカラ尚飛フコトヲ得ルモノナリ 鳩ヲ結著シタルトキハ鳩舎内ニ於テ転倒シアラサルヤ否ヤニ注意スヘシ若転倒シアルトキハ大害ヲ惹起スルコトアリ結著サレタ鳩地上ニ転倒スルトキハ容易ニ猫及猛獣ノ犠牲トナル 第五節 鳩ノ取扱 第一 鳩ノ取扱ハ正規ノ方法ニ依リ教育セラレタル者ニ対シテハ甚タ簡単ナル業務トス其ノ注意スヘキ要点ハ鳩ノ取扱又ハ脚ニ通信書ヲ付着スル際ニ於テ鳩ノ飛翔ヲ害セサルコト、其ノ他ノ羽毛ヲ損傷セサルコト是ナリ 第二 鳩ヲ握ルニハ拇指ヲ鳩ノ背ニシ食指ヲ肛門ノ下ニ、他ノ三指ヲ脚ノ前方胸部ニ当テ静ニ鳩ヲ握ルヘシ其ノ方法ニ依リ脚ヲ食指ト中指ノ間ニ突キ出シ鳩ヲ静粛ニ保持スルコトヲ得（第一図参照） 第三 鳩籠ヨリ鳩ヲ他ニ移スニハ鳩ヲ確実ニ保持スルコトニ注意シ頭ヲ高挙スヘシ若他ノ方法ニテ取扱フトキハ騒擾シ易ク為ニ其ノ羽翼又ハ尾羽ヲ損スルコトアリ 第六節 飼養管理 第一 鳩ノ飼料及飼養ニ関シテハ特筆スヘキ事項ナシ鳩ハ規則正シク飼養セラレ飼料ハ最良ノモノヲ一定量ニ給スルヲ要ス 第二 総テノ穀類ハ鳩ノ飼料ニ適スルモ就中良質ノ蠶豆、豌豆、玉蜀黍等ハ最可ナリ 穀類ノ選択ハ熟練ナル鳩取扱者ニ一任スヘシ而シテ選定セラレタル品種及見本ニ従テ厳格ニ購買スルノ要アリ 第三 最善ノ飼養法トシテ次ノ比ヲ以テ混合給与スルヲ可トス 蠶豆 五〇％ 豌豆 三〇％ 小玉蜀黍 二〇％ 以上ノ混合給与ノ為種々ノ穀類ヲ得難キ場合ニ於テハ蠶豆及豌豆ハ日量ノ全量ヲ使用スルモ妨ケナシト雖玉蜀黍ハ増量スヘカラス 第四 練習飛翔ヲ為シアル鳩ハ一羽一日一・五「オンス」ヲ以テ十分ナル日量トス 出来得レハ日量ノ三分ノ一ハ日出後早朝ニ与ヘ三分ノ二ハ午後給与スヘシ 七十五羽ヲ飼養スルニハ穀類ノ二十一「ストン」（一「ストン」ハ十四磅）ヲ要シ移動鳩舎ニ二十八日分ヲ準備ス而シテ補給ハ鳩舎自ラ之ヲ行フヘシ 若モ移動鳩舎ニ於テ定数以外ニ幼鳩ヲ飼育セハ定量三分ノ一ヲ増給スルコト必要ナリ 第五 親鳩カ雛鳩ヲ飼育中ハ事実ニ於テ採食シ得ル丈ケノ量ヲ与ヘ其ノ外小麦、矢筈豌豆、「ダアリー」（Dari）等ヲ食餌ニ混シ而シテ穀類ノ混合物ハ朝ニ、豆類ハ夕ニ給与スヘシ 第六 鳩カ永ク塹壕等ニ抑留セラレアルトキハ通信ヲ発スル以前ニ飼料ヲ清潔ニシ規定ノ量以上ヲ給セサル如ク注意スルコト緊要ナリ若飼料カ鳩籠ニテ汚染セラルルトキハ嗉嚢ヲ害シ疾病ヲ惹起ス 第七 鳩ハ飼料ノ不足ヨリモ渇ニ苦ムコト甚シ故ニ屢新鮮清浄ナル水ヲ供給スヘシ各鳩籠ニハ水与器ヲ備ヘ屢之ヲ清潔ニスルノ要アリ 第八 飲水、飼料ノ外鳩ハ食餌ヲ咀嚼スル為砂礫ヲ要ス鳩ノ消化機能ハ嗉嚢ニ於テ食物ヲ軟化シ然ル後胃ニ至リ細碎セラルルカ又ハ砂礫ノ助ケニ依リ嗉嚢ニ於テ咀嚼セラルルモノナリ 特種ノ砂礫ハ細碎セラレタル蠣殻、石灰、堅キ小石又ハ清潔ナル海岸ノ砂ヲ以テ混成ス細碎セル蠣殻及大量ノ岩塩ハ鳩舎ニテ貯蔵シ置クヲ要ス 第九 鳩羽ノ清潔ハ甚タ重要ナリ飛翼及尾羽不潔トナレハ（鳩舎又ハ鳩籠ニ於テ）鳩ハ正規ノ飛翔ヲ行フヲ得ス 第十 水浴ハ各季ヲ通シテ少クモ一週一回開放浴ヲ行フヘシ之カ為二呎六吋平方、深サ四吋ノ浴場ヲ適当トス 第十一 食餌ノ給与ハ常ニ鳩舎内ニ於テ行フヘシ 第十二 好晴ノ日ニ於テハ一日少クモ二回ノ演習ヲ必要トス一回ハ鳩舎ノ外ニ於テ演習セシムヘシ飛翔セスシテ休止スルコトヲ許ストキハ一ノ悪習慣ヲ養成シ通信ヲ携行帰来スル際其ノ帰著ヲ遅延セシムルニ至ル 第七節 鳩舎ノ標識 第一 固定、自動車、馬曳ノ各鳩舎共番号ヲ付シ且金属製標識環ヲ以テ各鳩ノ数及種族ヲ示シ各鳩ハ翼ニ符印シ其ノ所属鳩舎ノ番号ヲ示ス即チMハ移動鳩舎（Mobile）ヲ、Sハ固定鳩舎（Stationary）ヲ、M.Mハ自動車移動鳩舎（Mobile Motor）ヲ、Rハ徴発鳩舎（Reguisitioned Loft）ヲ、M.12ハ移動鳩舎第十二号ヲ、S.12ハ固定鳩舎第十二号ヲ、M.M.1ハ自動車移動鳩舎第一号ヲ、R.89ハ徴発鳩舎第八十九号ヲ示ス此ノ数ハ常ニ通信部長割当ツルモノトス 第二 移動鳩舎ハ構造同シキヲ以テ少数ノ鳩ハ帰来後自己ノ鳩舎ヲ誤ルコトアリ然レトモ所属鳩舎ノ番号ヲ翼ニ符印シアルヲ以テ迷ヒタル鳩ヲ確メ其ノ固有ノ鳩舎ニ帰スコトヲ得翼ニ符印スル方法ハ仏国ノ軍用鳩勤務ニ於テ其ノ価値ヲ称揚ス而シテ其ノ標識数ハ現在使用鳩舎ノ数ヲ採用スルヲ可トス 第三 各鳩舎ニ名簿ヲ保存シ各鳩ノ特徴及番号環ヲ一連番号ニテ記載シ又毛色、性（成長セル鳩ノ場合）及翼ニ符印シタル表徴等ヲ併記スルモノトス 第四 鳩ノ性ヲ区別シ能ハサル助手ノ為雌雄ヲ区別スルヲ要ス之カ為一般ニ尾ノ上方背部ニ赤又ハ青「インク」ヲ以テ著色シ雄ハ赤、雌ハ青ヲ以テ表示ス 第八節 鳩籠及運搬法 軍用鳩勤務ニ使用スル籠ノ形ニ左ノ如ク数種アリ 第一 塹壕用鳩籠ハ形小ニシテ長サ十二吋、幅十一吋、深サ十吋ニシテ隔壁ヲ有スルモノト然ラサルモノトノ二種アリ共ニ二羽ヲ収容シ戦線ニ於テ使用スルモノナリ 第二 集合鳩籠ハ二箇ノ房ヨリ成リ各房ハ隔壁ニ依リ区分セラレ長サ二十吋、幅十五吋、深サ二十吋トス而シテ最大限十六羽ノ鳩ヲ収容シ固定又ハ移動鳩舎ヨリ派出所ニ鳩ヲ運搬スル際之ヲ使用ス又派出所ヨリ尚前方ニ鳩ヲ送ルニハ塹壕用鳩籠ヲ用ウ 若シ鳩ヲ永キ期間集合鳩籠ニ抑留セムト欲スルトキニハ多クモ八羽以上ヲ収容スヘカラス（此ノ場合ニ於テハ七日間抑留スルコトヲ得）鳩ハ広キ籠ニ於テハ八乃至十日間抑留スルコトヲ得ルモ其ノ数ト日子ハ反比例ス 鳩ヲ放釋セムトスルトキハ予メ或ル期間其ノ翼ヲ自由ニ使用シ得ル所ノ大ナル房又ハ室ニ入レ置クコト甚タ有利ナリ之ニ依リ放釋ノ際翼ノ凝固ヲ防止シ得ルモノトス 第三 騎兵用鳩籠ハ使用上特異ノ型ヲ有ス各騎兵用鳩籠ハ二房ニシテ重量軽ク乗馬者ノ背ニ負ヒ携行シ得ル如ク騎者ノ肩ヨリ革絛ヲ以テ固定シ其ノ位置ヲ保タシム 該籠ノ大サハ一般ニ幅十吋、深サ十八・五吋、長サ九・五吋ニシテ四羽ヲ収容ス 仏国式騎兵用鳩籠ハ尚小形ニシテ二羽ヲ収容シ乗馬者ノ背ニ負フ 第四 騎兵用トシテ尚適当ナル形状ノモノアリ（次ニ記載スル如ク鳩ヲ包装ス）即チ漁夫ノ用ウル背負籠ノ如キモノニシテ一般ニ四角形ナルモノヨリモ乗馬者ノ背ニ適合シ騎者ノ肩ヲ通シテ二条ノ革絛ヲ籠ノ頂上ニ結著シ他ノ一本ハ籠ノ底部ニ在リテ乗馬者ノ腰ニ結著ス 第五 前項ノ場合ニ於テ鳩ハ鄭重ニ次ノ如ク包纒シテ収容ス即チ各鳩ハ紙片ヲ以テ巻纒シ然ル後之ヲ鳩ノ肩、翼ノ関節、脚ノ上ヨリ紐ヲ以テ結ヒ包装ヲ穿チテ頭ヲ出シ呼吸ニ便ナラシム此ノ方法ニ依リ包装シタルモノヲ籠内ノ藁上ニ胸部ヲ下ニシテ横タフ斯ノ如クセハ乗馬者ノ激動ニ対シテモ十二乃至二十四時間ハ何等ノ苦痛ヲ与フルコトナシ二十四時間ヲ経過セハ開放又ハ水飼、飼与ノ為開包スヘシ而シテ通信ノ為開放セムトスルトキハ必ス暫時開包シ且水飼スヘシ 第六 調教鳩籠ハ調教中ノ鳩ノ為ニ用ウルモノニシテ特異ノ形状ヲ有ス然レトモ集合鳩籠ヲ以テ代用スルコトヲ得 此ノ籠ハ鳩ヲ放タムトスルトキ鳩カ同時ニ飛出シ得ル如ク製作セラレ籠ノ大サハ同時ニ調教シアル鳩ノ数ニ応シテ異ルモ一般ニ長サ二呎九吋、幅一呎七吋半、深サ十一吋半ノモノニシテ二十五羽ノ鳩ヲ収容スルヲ便トス 第七 攻撃用鳩籠ハ攻撃ノ際ニ二羽ノ鳩ヲ運搬スル特種ノ目的ニ用ウ籠ハ柳細工ニシテ長サ十二吋、幅七吋半、深サ七吋ナリ而シテ此ノ籠ノ内ニ於テハ鳩ヲ十二時間以上留置スヘカラス 攻撃用籠ハ塹壕用鳩籠ニ代用スルヲ得ス 板紙ノ一片ヲ隔壁トシテ籠ノ対角ニ置キ鳩ヲ頭部ト尾部トヲ対向シテ入ルルヘシ 各鳩籠ニハ二組ノ通信用紙ト二箇ノ通信筒ト一本ノ鉛筆ヲ強固ナル「セルロイド」製ノ筒内ニ用意シアリ故ニ此ノ籠ヲ携行スル兵卒死傷スルトキト雖他ノ兵卒代リテ此ノ材料ヲ使用シ得 第八 航空機用鳩籠ハ特種ノ構造ヲ要ス其ノ構造ハ鳩ヲ使用セムトスル航空機ノ性能ニ依リテ異ルモ茲ニ詳説スルヲ欲セス 第九 各籠ハ少クトモ水与ノ為一箇ノ固定式或ハ著脱式ノ水与器ヲ備フ 第十 鳩ヲ籠内ニ決シテ群居セシムヘカラス是往々鳩ノ能力ヲ低下スルノ原因トナルモノナリ屢清潔ニシテ短切シタル鉋屑ヲ籠内ニ投与スヘシ 第十一 各種ノ籠ニ於テ雄ト雌トハ区別スルヲ要ス然ラサレハ雄ハ雌ノ羽毛ヲ毟リ甚シキニ至リテハ通信不能トナルコトアリ若性ヲ誤リテ記載（著色ニ依リ雌雄ヲ区分スル法）シアル場合ニ於テモ之ヲ判別スルニ難カラス 第三章 通信業務 第九節 通信ノ書方 第一 各通信ハ陸軍規則書第四百十八ニ規定セラレタル書式ニ従ヒ明瞭且厳正ニ記入スヘシ記載終レハ鄭重ニ折畳シ通信筒ニ挿入シ得ル如ク巻キ通信紙ノ一端ト雖通信筒外ニ出タスヘカラス且通信筒ノ蓋ハ完全ニ閉鎖スヘシ 第二 一通信紙ハ同一通信三通ヲ作成スルニ適シ一通ハ本簿ニ保存シ他ノ二通ヲ発信用トス 若シ鳩ノ数十分ナルトキハ通信ノ二通ヲ同時ニ発送スルヲ可トス 第三 書式ノ宛名ハ通信班ニ依リ該通信書カ伝達サルヘキ受信所ヲ記入スルモノニシテ鳩カ通信書ヲ伝達スヘキ鳩舎名又ハ番号ヲ用紙ニ記入セサルモノトス 第四 部隊ノ各名称ハ電信暗号ニテ記載スルヲ以テ往々之ヲ看過スルコトアリ殊ニ発信部隊ノ場合ニ於テ然リトス 若之ヲ厳守セサレハ電信暗号ノ用法ハ無用ニ帰シ非常ナル危険ヲ醸スコトアリ何トナレハ鳩ハ往々其ノ進路ヲ迷ヒ敵陣地ニ下降スルコトアルヲ以テナリ 通信文ノ記載例ハ付録第四ニ示ス 第五 一般ニ地点ヲ示スニハ簡単ナル要図ニ依ルヘシ之カ為ニハ陸軍規則書第百五十三ノ様式ニ準拠記入シ通信筒内ニ封入スヘシ 第十節 軍用鳩ニ通信書ノ固定法 第一 鳩ニ通信書ヲ固定スルニ二法アリ （一） 護謨環法 （二） 金属筒法 第二 護謨環法ヲ用ウルトキハ既ニ護謨環ヲ篏メタル鳩ノ脚ニ通信書ヲ巻キ付クヘシ護謨環ハ初メ脚ニ通信書ヲ巻キ付ケ得ル如ク上下ニ滑ラシ置クヘシ実施者ハ通信書ノ端ヲ左手ヲ以テ鳩ノ脚ト共ニ保チ右手ヲ以テ注意シツツ通信書ヲ鳩ノ脚ニ纒絡ス而シテ後注意シテ護謨環ヲ上下ヨリ滑ラシ通信書ノ位置ヲ固定此ノ方法ハ通信書ヲ安全ニ保ツノ利アルモ金属製筒ヲ用ウルヨリモ操作困難ナルノ不利アリ依テ此ノ方法ハ已ムヲ得サルトキノ外利用スルヲ可トス
第一図 手指ヲ以テ鳩ヲ保持スル正シキ方法ヲ示ス 第二図 鳩ノ脚ニ通信書ヲ纒絡スル法ヲ示シ実施者ハ左手ヲ以テ鳩ヲ、右手ヲ以テ鳩ノ脚ヲ保持ス而シテ助手ハ図ニ示ス如ク左右ノ手ヲ以テ通信書ヲ脚ニ纒絡ス 注意 若シ鳩カ騒擾シ又翼ヲ広ケムトスルトキハ直ニ実施者ハ頸ト肩トヲ押ユヘシ然ラサレハ鳩ノ羽ヲ損傷シ又ハ尾羽ヲ損ス 第三 金属製通信筒（以下単ニ通信筒ト云フ）ノ用法ハ甚タ簡単ニシテ現今多ク之ヲ利用ス通信筒ハ「アルミニューム」ヲ以テ出来得ル丈ケ軽ク製作シ此ノ筒ハ蓋ヲ上方ニシ脚ノ内方膝ノ下方ニ篏メ之ヲ固著スルニハ筒ニ依リテ鳩ノ指ヲ圧迫セサル如クスヘシ若圧迫セハ鳩ヲ恐怖セシメ帰来ノ際鳩舎ニ入ルコトヲ妨クルコトアリ 筒ハ鳩ノ脚ニ固著スル前ニ安全ニ密閉スヘシ然ラサレハ蓋ヲ墜落シ通信紙ヲ紛失スルノ慮アリ 筒ノ金属性支脚ハ脚ノ細キ部分ニ固著セシムヘキモ過度ニ圧迫スヘカラス
第一図ハ筒ヲ付セサル鳩ノ脚ヲ示シ矢ハ筒ノ支脚ヲ固定スヘキ部分ヲ示ス 第二図ハ筒蓋ヲ上方ニシ脚ニ固著セシメタルヲ示ス 第三図ハ筒ノ二部ヲ示シ（A）ハ筒ノ蓋トス 第四図ハ通信書ヲ正シク密閉シタル筒ヲ示ス 第五図ハ不適当ナル密閉法ニシテ筒蓋十分ニ挿入セラレス将サニ落チムトシ通信書紛失ノ慮アルモノ 第十一節 発信及受信 第一 各軍用鳩派出所ハ戦線ニ在ルト否トヲ問ハス軍用鳩ノ通信発送ニ関シ責任ヲ有シ大隊長又ハ中隊長ノ命令ニ依リテ其ノ位置ヲ選定ス該将校ハ陣中要務令第二部第十八条ニ示サレタル如ク各通信ヲ自ラ処理シ且鳩籠カ適当ノ場所ニ在ルヤ又相当ノ注意ヲ払ヒアルヤ否ヤヲ監督スルノ責任ヲ有ス鳩ニ対スル些細ノ不注意モ鳩ノ良好ナル飛翔ヲ妨ケ又貴重ナル通信ノ価値ヲ減殺スルモノナリ 第二 軍用鳩派出所ヲ配属セラレタル部隊他隊ト交代スル際ニハ其ノ装備具ト共ニ派出所ヲ申継部隊ニ申送ルヘシ 第三 鳩ニ依リ通信ヲ発送セムトスルトキニハ予メ次ノ事項ヲ考慮スルコト必要ナリ イ 通信ノ重要程度 ロ 使用シ得ヘキ鳩ノ数 ハ 放釋シタル鳩ノ補充ニ関スル予想 ニ 通信カ他ノ方法手段ヲ以テ発送シ得ラルルヤ否ヤ 鳩ハ他ノ通信手段ニ依リテ成功ノ見込ナキトキノ外使用スヘカラス 第四 鳩舎ニ勤務スル鳩取扱兵ハ鳩カ帰来セハ携行セル通信ヲ取リ時ヲ移サス其ノ通信ヲ受信地ニ移諜スヘク準備スヘシ 第五 鳩舎ヨリ受信者ニ通信ヲ移牒スル業務ハ其ノ所管軍団通信部長之ヲ監督ス 第六 鳩ニ依リテ伝達セラルル多数ノ通信中（殊ニ塹壕ニ於テ）鳩舎ノ付近ニ通信所ナキ為直ニ通信ヲ受信者ニ移牒シ得サルトキハ甚シク其ノ価値ヲ失墜スルモノナリ故ニ通信所ト鳩舎トノ間ニ電話又ハ電信ヲ架設スルヲ必要トス 鳩舎係ノ兵卒ニハ通信ヲ移牒シ得ル如ク電信通信術ヲ教育シアルヘシ従テ特種ノ通信兵ヲ配属スルノ必要ナシ 第七 秘密ヲ要スル場合ニハ出来得ル限リ通信書ヲ小ナル管ニ入レ鳩ノ頸下嗉嚢ノ中ニ之ヲ挿入ス而シテ目的地ニ達シタル後鳩ヨリ此ノ管ヲ摘出ス然レトモ此ノ方法ハ稍熟練ヲ要ス若野外ニ於テ射殺サレ又ハ死シタル軍用鳩ヲ発見シタルトキハ直ニ試験ノ為最寄ノ軍用鳩勤務本部ニ送致スルヲ要ス 第四章 英国出征軍ニ於ケル軍用鳩勤務ノ編制 第十二節 英国出征軍軍用鳩ノ用法 第一 鳩ハ電力通信不十分ナルカ又ハ破壊セラレタルトキニ於テ其ノ補助トシテ使用ス 第二 前記ノ理由ニ依リ通常鳩ハ軍団司令部ヨリ後方ニハ必要ナキモノトス 第三 教育完了セル鳩ノ各固定鳩舎ハ軍団司令部ノ隷下ニ之ヲ置ク 戦線地帯ニ在リテ軍用鳩通信ノ目的ニ適スル地方民ノ各種鳩舎ハ之ヲ徴発シ固定鳩舎トシテ使用ス 第四 経験ニ依レハ鳩ハ直ニ砲火ニ慣レ鳩舎内ニ於テモ砲火ノ為ニ擾離スルコトナキニ至ルヲ以テ鳩ヲ更ニ戦線ニ近ク移動セシムル為移動鳩舎ノ応用起ルニ至レリ 第五 移動鳩舎ハ固定鳩舎ヨリモ多クノ利益ヲ有ス移動鳩舎ハ通常最前線ニ在ル師団司令部ニ位置スルモ尚前方旅団司令部ニ配属シ非常ニ有利ナリ移動鳩舎ハ何レニ位置スルモ配属セラレタル軍団ノ通信部長之ヲ統轄ス 第六 軍用鳩勤務ヲ編制スルニハ次ノ如クスルヲ最有利ナリトス 軍用鳩勤務ハ総軍通信部長之ヲ統轄シ総軍司令部ニ在ル軍用鳩勤務将校ハ総軍通信部長ノ命ヲ受ケ勤務上次ノ事項ニ関シ全部又ハ一部ノ責ニ任ス イ 鳩ノ補充 ロ 鳩取扱ニ熟達セル人員ノ保持及補充 ハ 鳩ノ飼料補充 ニ 固定及移動鳩舎ノ準備及製作 ホ 全戦場ニ於ケル地方鳩舎ノ徴用及決定 第七 総軍司令部ハ鳩舎ヲ軍ニ配属シ軍ハ之ヲ軍団ニ配属ス軍ハ其ノ配属及移動鳩舎ノ移動ニ就テ総軍司令部ニ報告スヘシ 補助鳩舎ハ総軍通信部長ノ外徴発スルヲ得ス 第八 軍通信部長ハ軍管内ノ軍用鳩勤務ノ処理、支持、改善、進歩、軍管内各軍用鳩ノ登録番号表等ニ対シテ責任ヲ有ス而シテ業務助手トシテ一名ノ通信将校ヲ軍軍用鳩勤務将校ニ選定ス 第九 各軍団ハ鳩舎ヲ有シ之ヨリ塹壕ニ鳩ヲ補充ス此等ノ鳩舎ハ軍団通信部長之ヲ統轄ス其ノ主ナル業務左ノ如シ イ 軍団内ニ要スル鳩舎ノ数ヲ軍司令部ニ上申ス ロ 軍団ニ配属セラレタル鳩舎ニ於ケル幼鳩ノ調教 ハ 師団ニ対シ鳩ヲ供給スル鳩舎ノ配当 ニ 装備具ノ請求及師団通信班ニ対スル補給 軍団通信部長ハ軍団ノ一通信将校ヲ軍団軍用鳩勤務係ニ任命ス 第十 実務ニ従事スル為軍団ノ鳩舎ヨリ部隊ニ鳩ヲ供給スル正規ノ方法次ノ如シ 装備具、鳩籠、通信簿、通信筒等ノ定数ハ師団通信中隊ヨリ派遣セラレタル旅団通信班ニ配属スル軍用鳩派出所ノ数ヲ標準トシテ算定ス 各派出所ハ教育セラレタル三名ノ兵卒ト必要ナル鳩籠等ノ装備具ヲ有ス此ノ三名ヲ以テ旅団ニ於ケル二箇ノ前進軍用鳩通信所ヲ作ルニ十分ナリ即チ一箇所ニ一名ヲ配置シ第三者ハ通信所ニ鳩ヲ入レタル籠ヲ運搬シ帰リニ空籠ヲ携行スル任務ニ服ス 若旅団ニ於テ通信所二箇以上ヲ必要トスルトキハ各歩兵大隊ニ配属シ在ル既教育兵ヲ採用ス此ノ目的ノ為少クトモ既教育ノ軍用鳩取扱兵一名ヲ歩兵大隊ノ各半中隊ニ配属シ軍用鳩勤務ニ召集セラルル迄ハ一般兵トシテ服務セシム 各将校及伝令ト大隊通信手ノ半数ハ軍用鳩ノ使用及取扱ニ関シテ教育ヲ受クルモノトス軍用鳩勤務ノ広汎ナル発展ニ依リ多数ノ既教育者ヲ準備スル為鳩ノ使用及取扱ニ関シ左ノ割合ヲ以テ兵員ヲ教育スルコト必要ナリ 騎兵隊 各将校ト連隊通信手ノ半数 砲兵隊 各中隊ニ将校二名ト伝令手四名 「タンク隊」 各大隊ノ将校全員ト少クモ各「タンク」ニ一名ヲ配属スルニ十分ナル伝令手ノ数 機関銃隊 各中隊ニ将校一名ト伝令手四名 測量班 伝令手六名 各旅団軍用鳩派出所ニ配属スル軍用鳩ノ数ハ鳩ヲ要スル業務ノ繁閑竝開設スヘキ通信所ノ数ニ依リ変更スルモノトス 第十一 連続軍用鳩ヲ使用スル場合ニハ同時ニ塹壕ニ於テ要スル鳩ノ数ノ少クモ三倍ヲ準備スヘシ（此ノ中ニハ死傷ニ因ル損失モ計上シアリ） 鳩ヲ塹壕ニ二日間留置セシムルトキハ少クトモ二日間休養セシムルヲ要ス依テ旅団ノ軍用鳩派出所ニ於テ絶エス前線ニ四羽ヲ要スルトセハ軍団ノ通信部長ハ所管ノ師団ニ配属セラレタル鳩舎ヨリ該旅団ニ十二羽ヲ配属スルヲ要ス然レトモ特ニ緊急ノ場合ニハ前記休養期間ヲ短縮スルコトヲ得ルモ此ノ休養期間ノ短縮永続スルトキハ鳩ノ能力ヲ阻害スルモノナリ 第十二 鳩舎ヨリ旅団派出所ニ鳩ヲ送ルニハ成ルヘク集合鳩籠ヲ用ウヘシ 鳩舎ヨリ鳩ヲ屢前方ニ輸送スルニ甚シク困難ヲ感スル所ニ於テハ大ナル鳩舎ヲ作リ其ノ中ニ数日間鳩ヲ留置ス 人カ起立シ得ル普通ノ室又ハ納屋等ハ以上ノ目的ニ利用シ得且集合鳩籠ヨリモ鳩ヲ拘束スルコト少ク室内ニ於テ飛ヒ得ルヲ以テ能力ヲ減殺スルコト亦少シ 第十三 飼料ト通信筒ハ鳩舎ヨリ鳩ト共ニ送付セラレ各鳩籠ニハ鳩舎ヨリ派出セラレタル日付ヲ記シタル貼札ヲ付ス 第十四 前方ニ在ル旅団司令部ニ鳩舎ヨリ鳩ヲ運フ為各軍団ニ自動自転車又ハ伝騎ヲ準備ス旅団司令部前進ニ際シ鳩ハ歩兵用鳩籠ニテ一籠毎ニ二羽ヲ入レ通信所ニ運搬スヘシ此ノ鳩籠ニハ四十八時間以上入レ置クヘカラス其ノ時間経過セハ放釋スルヲ要ス 第十五 鳩ハ必ス掩蔽物下ニ置クヘシ若泥土ヲ以テ羽翼ヲ汚染セハ飛翔ヲ妨クルニ至ル 第十六 軍団司令部ヨリ鳩ト共ニ送付セラレタル飼料ノ外一切他物ヲ与フヘカラス又鳩舎ヨリ派出セラレタル後二十四時間ハ食餌ヲ与ヘス夫レ以上ニ亙ラハ日没三十分前一日一回一「オンス」ヲ超エサル淡泊ナル食餌ヲ給スヘシ 第十七 各騎兵師団ハ四箇ノ軍用鳩派出所ヲ要シ師団通信中隊ニ配属ス 騎兵ノ鳩ハ軍団通信部長カ其ノ鳩ヲ派出セシメタル軍団鳩舎ニ帰来ス 第五章 航空機ヨリスル軍用鳩ノ用法 第十三節 要領 第一 軍用鳩ハ飛行中ノ航空機ヨリ使用スルコトヲ得其ノ場合ニハ金属製ノ通信筒ヲ応用スルヲ可トシ第十節第三条ノ規定ニ準拠シ固定スヘシ二、三十哩ノ距離ハ晴天ノ際一羽ノ鳩ヲ以テ確実ニ通信スルヲ得天候悪シキカ又ハ長距離ニハ通信ヲ二重トシ二羽ノ鳩ヲ使用スヘシ 第二 気球又ハ飛行船ノ偵察ニ於テ鳩ヲ一日以上携行スルコトヲ得而シテ放釋スル迄ニハ食餌ト水ヲ一日二回給与シ飼与、水与ハ日出直後ヲ可トス其ノ後ハ放釋前ニ唯水ヲ与フレハ可ナリ 第三 鳩ヲ飛行機ヨリ使用スルニハ鳩ハ其ノ日ノ中ニ放釋スルヲ原則トス而シテ放釋ニ当リ鳩カ風ニ従ヒ飛ヒ得ル如キ方法ヲ講スヘシ之カ為鳩ヲ手掌ニ確実ニ保持シ風向ニ沿ヒ側方下ニ力ヲ込メテ機体ヨリ遠サカル如ク投下スヘシ此ノ方法拙劣ナルトキハ危険ト尾羽ノ損傷等ヲ来タス処アリ尚飛行機ノ飛行中鳩ヲ冷キ気流ニ晒ササル如ク注意スルヲ要ス 第四 鳩ハ夜間、濃霧又ハ非常ニ険悪ナル天候ニ於テハ其ノ帰来不確実ナルヲ以テ真ニ緊急ヲ要スルトキニノミ放釋スヘシ若強テ放釋シタル場合ニ鳩カ夜間ニ於テ安全ナル著陸地ヲ発見シ得ハ翌早朝再ヒ帰路ニ就キ得ルモノトス 第五 遭難セル水上飛行機ノ操縦者カ軍用鳩ニ依リテ救助セラレタルコトアリ水上飛行機ニ搭載シタル鳩カ通信ヲ携行セスシテ帰来セハ是不祥事ノ徴ト認ムヘシ 飛行機ニ使用スル鳩ヲ運フニハ常ニ特種ノ構造ヲ有スル箱ヲ用ウ此ノ箱ハ軽キ木ヲ以テ作リ二羽ヲ収容スル為二房ヲ有ス 第六章 軍用鳩勤務ノ過誤 第十四節 管理ノ失当 第一 戦場ニ於テ軍用鳩使用ニ際シ失敗ノ原因ト認メラレタル事項ヲ述フレハ次ノ如シ （一） 各部隊本部等カ軍用鳩派出所ヲ一定ノ指揮官ニ配属セサリシヲ以テ通信ノ発送ニ対シ指揮官ノ責任確実ナラサリキ （二） 予メ特定ノ場所ニ鳩舎ヨリ鳩籠ヲ送リタルモ受領者ハ其ノ受領ニ対シ何等ノ準備手段ヲモ講セサリキ （三） 鳩籠ヲ旅団司令部ノ将校又ハ責任アル下士ニ交付セサリシ為数日間放置セラレタリ （四） 鳩舎ヨリ派遣セラレタル鳩ニ飼与、水与ヲ忘却セリ （五） 鳩ヲ泥土汚染ニ放任セリ （六） 通信乱書セラレ且時間ノ記入及将校ノ署名ナシ （七） 勤務ニ耐ヘ難キ状態ノ鳩ヲ鳩舎ヨリ派出所ニ送付セリ （原則トシテハ調教不適ノモノヨリモ弱キモノヲ用ウル方ヲ可トスルモ之ニ関シテハ絶対ニ熟練ナル鳩取扱者ノ言ヲ尊重スヘシ若弱キモノ或ハ調教不適ノモノヲ使用セハ鳩ノ損失及通信紛失ノ比率ヲ非常ニ増加ス） （八） 移動鳩舎カ再ヒ移動スル際鳩ヲ新位置ニ馴致セシメ又ハ調教スルニ十分時日ノ余裕ナカリキ 第十五節 鳩及装備具ノ損失 第一 確実ニ鳩舎ニ帰来スル如ク新シク鳩ヲ調教スルニハ数週ヲ要ス戦闘中鳩ノ損失多キハ避ケ難キモ其ノ他ノ損失ハ一般ニ鳩ニ対スル無智ト組織ノ不備ニ帰因ス故ニ各種失敗ノ原因ヲ排除スルニアラサレハ長期ノ戦争ニ際シ引続キ軍用鳩勤務ヲ確保スルヲ得ス 第二 材料ノ節約又緊要ナリ空虚ノ鳩籠、水与器等ハ機会アル毎ニ注意シテ鳩舎ニ還送シ又通信筒及通信簿入鞄、飼料其ノ他鳩籠用瓦斯防護嚢ノ浪費ヲ慎ムヘシ物品、材料ノ補充モ亦常ニ容易ナルモノニアラス 第十六節 鳩ノ疾病 第一 鳩カ犯サルル普通ノ疾病左ノ如シ （一）潰爛性口炎 口及咽喉ノ疾病ニシテ稍「ヂフテリア」ニ似タリ人類ニ伝染セス （二）普通感冒 放棄シ置ケハ化膿性加答児ニ陥ル 第二 潰爛性口炎ハ一般ニ不良ニシテ黴敗シタル穀粒ノ給与、腐敗シタルカ又ハ汚塵多キ水ノ給与及鳩舎ノ衛生失当ニ因リテ惹起ス療法ハ飼料ノ変更及硫酸曹達ノ緩下剤ヲ一週ニ三回投与（一「ピント」＝三合強ノ飲水ニ一「オンス」ヲ溶解ス）スレハ治療スルコトヲ得而シテ善良ニシテ光沢アル消化シ易キ穀粒例ヘハ燕麦又ハ良好ナル「マップル、ピース」（Maple Peas）ノ如キモノヲ与ヘ重キ蠶豆又ハ黴敗臭アル他ノ穀粒ノ給与ヲ避クヘシ 重症ノ際ニハ「グリセリン」二分ト過塩化鉄一分トノ混合剤ヲ小サキ駱駝ノ毛ノ刷毛ヲ応用シテ咽頭ニ塗付ス 第三 鳩ハ汗腺ヲ有セサルカ故ニ寒冷ヨリモ炎暑ニ苦ムモノトス若鳩ヲ鳩籠内ニ密集セシメ又気温高ク群集スル鳩舎及換気不良ノ鳩舎ニ長ク入レ置クトキハ直ニ寒冒ニ犯サル 寒冒 寒冒ノ初期症侯ハ肉垂ノ下ヨリ粘液ヲ漏出シ其ノ後眼ヨリモ亦粘液ヲ排泄シ一眼又ハ両眼腫脹ス善良ナル療法ハ遅滞ナク原因ヲ排除スルコトニシテ鳩舎ノ換気ヲ良好ナラシメ鳩籠内ニ於ケル群居ヲ避クヘシ 第四 若寒冒初期ナルトキニハ排泄物ヲ朝夕温湯ト二％硼酸水ヲ以テ洗滌スヘシ嗉嚢空虚ナル朝ノ時期ニ於テ瀉利塩ヲ投薬ス其ノ量ハ一「シルリンク」一掬ニテ十分ナリ此ノ治療中食餌ハ軽ク消化シ易キ燕麦、細碎玉蜀黍、「カナリア、サート」実等ヲ可トシ蠶豆ヲ避クヘシ 第五 片眼寒冒（One eyed cold）、ハ往々頑固ノ疾病トナリ初期ノ発現期ニ施療スルニアラサレハ二週間ヲ経過スルコトアリ 第六 頻繁且長ク鳩籠ニ留置スルトキニハ羽翼ノ強直ヲ発ス処置トシテハ緩下剤及善良ナル食餌ヲ与ヘ作業ヲ課セス広キ鳩舎ニ休養セシムヘシ 第七 疾病ニ犯サレタル鳩ハ発見次第直ニ隔離スヘシ何トナレハ普通一般ノ疾病モ鳩ニ対シテ往々伝染性又ハ流行性ヲ有スルコトアリ 第八 原則トシテ鳩ノ治療ハ遅滞ナク実施スヘシ 付録 第一 固定鳩舎ノ器具材料 百羽ヲ有スル固定鳩舎ハ次ノ人員ト装備具トヲ要ス 一 人員 鳩ノ取扱ニ熟達セル下士 一 助手タル兵卒 一 二 装備具 塵掻 一 浴器 一 穀物箱 二（約二十分ノ二噸入） 給水所 四 磨キ臼 四 集合鳩籠 二（瓦斯防護嚢及水与器八箇共） D.R鳩籠 一（瓦斯防護嚢及水与器二箇共） 鋤 一 長柄箒 一 桶 二 水鑵 一 貼紙 一（小把） 耐風「ランプ」 二 尚五十乃至百羽ヲ増ス毎ニ助手一名ヲ増ス 第二 移動鳩舎ノ器具材料 六十乃至七十五羽ヨリ成ル移動鳩舎ハ左ノ人員ト装備具トヲ要ス 一 人員 鳩取扱ニ熟達シタル下士 一 助手タル兵卒 一 二 装備具 二十八磅入穀物箱 一二 錫製水鑵 六 鋤 一 浴器 一 給水鑵 一 長柄箒 一 桶 二 給水所 四 塵掻 一 磨キ臼 一 柄木 一 集合鳩籠 二（瓦斯防護嚢及水与器八箇） D.R鳩籠 一（瓦斯防護嚢及水与器二箇） 携帯梯子 一 野戦電信用天幕 一 煖爐 一 貼紙 一（小把） 耐風「ランプ」 二 第三 各司令部ノ器具材料 （一） 総司令部 一般ノ請求ニ応スル為総司令部ニ保持スル装備具次ノ如シ 集合鳩籠 四 騎兵用鳩籠 一二 歩兵用鳩籠 一二 通信筒 一〇〇 通信簿 一〇 複写紙 一〇 （二） 軍団司令部 各軍団司令部ニ保持スル装備具 集合鳩籠 一六 （イ） 歩兵用鳩籠 三六 通信筒 五〇〇 通信簿 三六 複写紙 三六 瓦斯防護嚢 一二 小鞄 二〇 （イ） ハ五日間八羽ヲ飼養スル為 （三） 師団通信中隊本部 軍団内ノ各師団ニ配属シタル通信中隊ノ保持スル装備具 （ロ） 歩兵用鳩籠 二四 通信筒 一四四 通信簿 一二 複写紙 一二 瓦斯防護嚢 一二 小鞄 一二 （ハ） （ロ） 師団毎ニ六箇ノ軍用鳩派出所ヲ有スルモノトシテ算定ス （ハ） 各小鞄ハ通信簿一、通信筒八、二羽ニ付二日分ノ食餌ヲ包容ス （四） 騎兵師団 騎兵師団ニ対スル装備具 騎兵用鳩籠 八 （ニ） 仏国騎兵式鳩籠 三三 （ホ） 通信筒 一五〇 通信簿（A.B四一七） 三三 複写紙 三三 小鞄 三三 （ヘ） （ニ） 四羽ヲ包容シ自転車ノ踏板ノ後方ニ付シ運搬ス （ホ） 騎兵聯隊毎ニ三、騎兵旅司令部毎ニ二ニシテ各鳩籠ハ二羽ヲ収容シ乗馬者ノ背ニテ運搬ス （ヘ） 各小鞄ハ通信簿一、通信筒八、二羽ニ付二日分ノ食餌ヲ包容ス 第四 通信文記載例 通信書書式 （陸軍規則書 四一八） 受信司令部名（何 ）
大隊ハ目標ヲA.A.A.青線ニ取リタリ大隊ノ兵力ニテハ最早前進ヲ続行シ難シ前哨ノA.A.A.線ハA.A.A.青線ノ西北約五百碼ノ地点ニ設置シ陣地ヲ強固ニシツツアリ
注意 括弧内ノ文字ハ発信ノ際記入スルモノニシテ其ノ他ハ予メ印刷シアルモノナリ
＊＊＊ 第二編 仏軍軍用鳩飼育法 第一章 緒言 諸子ノ茲ニ受領管理シ且其ノ教育ヲ施サムトスル軍用鳩ハ国防ノ為貴重ナル補助機関タリ此ノ意味ニ於テ諸子ハ軍用鳩ヲ愛護スルノ義務ヲ有ス換言セハ軍用鳩ハ諸子ヨリ愛護ヲ受クルノ権利ヲ保有スルモノナリ 諸子ニシテ一度鳩ヲ知リ其ノ美性ヲ認メ其ノ怜悧ト意志ノ力ト勇気トヲ悟リタラムニハ諸子ハ従来鳩取扱者カ為シタル如ク鳩ヲ愛シ且之ヲ賞揚スルニ至ルヤ疑ヲ容レス 軍用鳩ノ起源ヲ尋ネムニハ遠キ昔ニ遡ラサルヘカラス既ニ神話中ニモ「マルス」（宵ノ明星）ト「ヴェニュス」（明ノ明星）ト鳩ヲ以テ通信ヲ交換シタル物語アリ又「ヘロドート」及「ブリュタルク」等ハ古代埃及人、希臘人、羅馬人カ陣中ニ於テ鳩ヲ使ヒタルヲ説ケリ一歴史家ノ明言スル所ニ依レハ「ソロモン」王モ亦其ノ帝国内ニ命令ヲ発布スルニ一ニ軍用鳩ヲ用ヰタリト云フ 其ノ他鳩ハ古ヨリ郵便業務ニ従ヒ亦舟乗ノ帰著スル数日前留守宅ニ之ヲ予報シ或ハ野戦ト要塞戦トヲ問ハス陣中ニ用ヰラレタルハ明ナリ 紀元前四十三年伊国「モデーン」ノ攻城ノ際軍用鳩ノ為ニ守城ヲ全フセシ「プリーン」ハ跨テ曰ク敵将「アントアーン」ノ封鎖線モ其ノ攻城軍モ或ハ又河中ニ張リタル多数ノ網モ空ヲ翔ケレル吾カ軍用鳩ノ前ニハ何ノ用ヲモ為ササリシト 又羅馬人カ「ゴール」征伐ノ際ニハ鳩舎ヲ全戦地ニ配置シ軍用鳩ノ中継遞送ニ依リ通信文ヲ羅馬ニ送レリ 中世紀ニ至リ仏国ニ於テモ諸外国ノ如ク鳩ヲ秘密ノ使トシテ陣営間竝要塞間ニ用ヰタリ此等鳩舎ニシテ今日猶其ノ遺跡ヲ留ムルモノアリ 露国、伊太利、西班牙、埃及及亜細亜ニ於テモ鳩ハ右ト同様ニ寵用サレタルモノニシテ例ヘハ紀元千二百八十八年「エジプト」ノ「カイロー」ノ通信所ニハ千九百羽ノ鳩アリ「マクリジ」氏ノ説ニ依レハ王ハ旅行ノ際常ニ命令伝達用トシテ一籠ノ鳩ヲ携行セリト云フ 又「アジア」土耳古ニ於テモ千百四十六年頃国王「ヌールエディン」ハ鳩ヲ以テ「バグダッド」帝国内ノ重要都市間ニ郵便業務ヲ再興スルニ努メタリ当時「バグダッド」ハ鳩ニ依ル通信線ノ要衝ニ当リ其ノ事務正確ニ行ハレタルカ如シ従テ軍用鳩ハ甚タ重要視セラルルニ至リ調教完全ナル軍用鳩ハ金貨千枚ニテ売買セラレタリト云フ 降テ千五百七十四年和蘭国「レイド」市カ重囲ヲ受ケ守兵カ将サニ開城ニ決セムトセシトキ増援軍ヨリ鳩ノ齎ラシタル通信文ヲ受ケ増援軍ハ二時間行程ニ近接シアルコト竝堤防ハ既ニ決潰セルヲ以テ敵ノ攻城軍ハ今ヤ水攻ニ依リ敗ルル外ナキコトヲ知リ為ニ守城ヲ全フシタルコトアリ 仏蘭西革命ノ際廃后「マリー、アントアネット」ハ「タンプル」塔ニ幽閉セラレツツモ往復飛行ヲ訓練セル一羽ノ軍用鳩ヲ用ヰテ其ノ顧問官トノ通信ヲ継続スルコトヲ得タリ 今ヨリ約百年前即チ千八百十五年英国ノ軍用鳩ハ「ワォーテルロー」ニ於ケル「ナポレオン」ノ敗戦ヲ「ロンドン」ニ知ラシメタリシニ他ノ都市ハ其ノ後三日ヲ経テ漸ク其ノ事ヲ知リ得タリ其ノ後十数年間銀行家、仲買人、商店及新聞社等ハ迅速ニ通信スル為鳩飼ヨリスル鳩借用ノ流行ヲ見タリ 千八百七十年普仏戦争ノ際軍用鳩ハ其ノ歴史中ニ最顕著ナル事蹟ヲ遺セリ即チ巴里ノ攻囲ヲ受クルニ方リ巴里ト其ノ他ノ府県殊ニ中央政府トノ間ニハ何等ノ通信法ナキニ至リシカ軍用鳩ニ依リ幸ニ通信ヲ継続スルヲ得タリ最初「ワシントン」ト称スル自由気球ヲ以テ二十五羽ノ鳩ヲ当時中央政府ノ在リシ「トウール」ニ送リ同年十月十七日始テ同地ヨリ公報ヲ鳩ニ托シテ巴里ニ送レリ其ノ結果良好ナリシヲ以テ十一月四日ニハ私信ノ通信ヲモ開始シ得ルニ至レリ故ニ巴里市ハ軍用鳩ニ対シ永遠ニ感謝ノ意ヲ表スヘキナリ」這次ノ大戦間ニ於テモ亦軍用鳩カ偉大ナル功績ヲ挙ケタル例ハ之ヲ枚挙スルニ遑アラス幾多ノ戦士ハ軍用鳩ノ為ニ生命ヲ全フシ又幾多ノ陣地ハ軍用鳩ノ齎ラセル情報ニ依テ守備ヲ全フシ或ハ敵手ヨリ之ヲ奪回スルヲ得タリ 然ルニ電信、電話、無線電信竝回光通信ノ発達カ軍用鳩ヲ全然廃物タラシメタリト結論スルモノアルハ大ナル早計ニシテ或ル種科学ノ発達ニハ又之ニ反対スル科学ノ発達ヲ伴ヒ破壊的科学カ創造的科学ニ打勝ツコトアルハ吾人ノ日常目撃スル所ニシテ実ニ創設的科学カ有線、無線ノ電信、電話、地中電信ノ如キ巧妙ナル通信機関ヲ設クルヤ之ニ反対スル科学的手段ヲ考案シ重要ナル作戦ノ時機及地帯ニ於テ敵ノ巧妙ナル通信法ヲ破壊擾乱シテ用ヲ為サシメサルニ至レリ 理化学上ノ相反スル努力カ互ニ衝突スルトキ而モ其ノ衝突ノ巻ニ立チ超然天然ノ本能ヲ発揮スルモノニアリ即チ人ト軍用鳩ト是ナリ徒歩伝令ハ完全ナル精神的教育ト意志ノ力ニ依リ障害ヲ打破シ軍用鳩ハ造化ノ妙ニ依リ構成セラレタル性能ト宏大ナル空間ノ利用ニ依リ科学ノ呈スル障害ヲ意トセス其ノ能力ヲ発揮シ得ルモノナリ故ニ軍用鳩ノ利用ハ現代ニ於テ決シテ廃棄セラルルモノニアラス依然天賦ノ美質ニ相当スル位置ヲ保チツツアルノミナラス寧ロ新シキ方式ニ従ヒ時勢ノ要求ニ応シ益進歩発達ヲ加ヘタルモノト謂フヲ得ヘシ 鳩ニ関スル科学ノ進歩ハ前途尚遼遠ナリ吾人ハ単ニ其ノ本能ノ若干ヲ不完全ニ了解シアルニ過キス鳩ノ知的性能カ那辺迄及フヤニ就テハ未タ全ク知ルニ由ナシト確言スルヲ憚ラス 若キ鳩ノ脳ハ如何ナル心的印象ヲモ止メ得ヘキ新規純朴ノ物質ナリト為スハ誤解ニシテ遺伝性ニ依リ既ニ深刻ナル性能ヲ生レナカラニ所有スルハ幾多実験ノ証明スル明瞭ナル事実ナリ而シテ此ノ特質アルカ為教育ノ努力ノ限度ヲ見出スニ至レリ換言スレハ或ル鳩ニハ如何程教育ヲ加フルモ所望ノ結果ヲ得サルコトアリ 然レトモ一方ニ於テハ鳩ノ諸機関ニハ祖先伝来ノ良性ト特質トヲ有ス此ノ良性ト特質トハ教育ノ基礎ニシテ鳩ノ良好ナル教育トハ其ノ優秀ノ特質ヲ発達セシメ他ノ不良ナル特質ヲ中和スルニアリ 諸子ノ今ヨリ従事セムトスル業務ハ此ノ善良ナル鳩教育ナリ諸子カ従来座談等ニ得タル智識ニシテ次章以下ニ述ヘムトスル諸法則ト相容レサル点アラハ全然之ヲ脳裏ヨリ捨テ又地方ニ於ケル偏見者カ僅少ナル経験ニ依リ鼓吹セル諸種ノ事項モ全然忘却スルヲ要ス此ノ如クシテ始テ效果アル業務ヲ遂行シ社会カ諸子ニ期待スル護国ノ任ヲ全フシ得ヘシ 第二章 鳩取扱者ノ責任及具備スヘキ性格 鳩取扱者ハ左ノ性格ヲ具備セサルヘカラス 温和、忍耐、意志ノ鞏固、用心深キコト、潔癖、思考力ニ富ムコト、観察力ニ富ムコト、軍紀正シキコト 問 何故ニ温和ナルヲ要スルヤ 答 鳩ノ教育上欠クヘカラサル服従心ヲ鳩ニ求ムルニハ鳩取扱者ノ温和ナルヲ要スレハナリ 問 何故ニ忍耐力ヲ要スルヤ 答 温和ハ忍耐ト相俟テ始テ完全トナルモノナリ鳩ノ教育ヲ施スニ当リ中ニハ不従順ナルモノアリ然レトモ懇切ニ之ヲ導キ終ニ鳩取扱者ノ要求スル点ヲ会得スルトキハ始ニ不従順ト想像セラレタル鳩ノ却テ他ノ鳩ヨリモ従順トナルコトアレハナリ 問 何故ニ意志ノ鞏固ナルヲ要スルヤ 答 鳩ヲシテ悉ク鳩取扱者ノ意志ニ屈服セシムルヲ要スレハナリ若鳩取扱者ノ意志堅固ナラサルトキハ鳩ニ対シ権威ヲ失フニ至ル 問 何故ニ用心深キヲ要スルヤ 答 不用心ハ往々軽挙過失ヲ招来スルヲ以テ必ス細心ナラサルヘカラス 問 何故ニ潔癖ナルヲ要スルヤ 答 鳩ハ其ノ体重ノ小ナルニ拘ラス甚タ多量ノ空気ヲ必要トスル動物ナリ故ニ鳩ヲシテ其ノ排泄物ノ腐敗ニ汚染セル有害ナル空気ヲ呼吸セシムルトキハ忽ニシテ体質ヲ損スルニ至レハナリ 問 何故ニ思考力ニ富ムヲ必要トスルヤ 答 鳩取扱者ハ常ニ左ノ語ヲ銘心スヘシ 「因アレハ果アリ」 観察シ得タル諸現象ニハ悉ク因テ来ル原因アルヲ以テ之ヲ十分研究セサルヘカラス 問 何故ニ観察力ニ富ムヲ要スルヤ 答 鳩取扱者ニシテ観察ヲ怠ルトキハ必スヤ不成功ニ陥リ最甚シキ悔恨ヲ醸スモノナリ抑鳩ノ鳩舎ニ帰ルノ性能ハ之ニ要スル諸因子ノ完備スルトキ始テ完全ニ発揮スルモノナリ故ニ鳩取扱者ハ一瞬ノ視察ヲ以テ軍用鳩ノ健康ニ異状ナキヤ体的諸能力ニ何等ノ障害ナキヤヲ察シ得サルヘカラス 問 何故ニ軍紀正シキヲ要スルヤ 答 軍カ鳩取扱者ニ対スル絶対ノ信用ト戦線ニ立テル戦友ノ鳩取扱者ニ対スル信頼トニ想到スルトキハ鳩取扱者ハ義務遂行上些少ノ怠慢ヲモ許ササレハナリ 故ニ鳩取扱者ハ細心命セラレタル事項ヲ遵奉スヘク任務ノ命スル所ニハ喜テ之ニ赴キ軍全般ノ達スヘキ協同目的ニ向ヒ奮進セサルヘカラス 第三章 鳩舎 鳩舎ニハ衛生上竝慰安上要スル諸条件ヲ備ヘ之ニ依リ鳩ヲシテ必要ナル体質上ノ抵抗力ト鳩舎ニ対スル愛着心トヲ与ヘサルヘカラス移動式及往復鳩舎ニ於テモ亦然リトス 衛生上ノ為ニハ左ノ諸件ヲ要ス 適当ナル方向、換気法ノ完備、明取ノ十分ナルコト竝清潔ナルコト 慰安上ニ関シテハ鳩舎内ニ於テ鳩ニ不快ヲ感セシムルカ如キ一切ノ事項ヲ除去スルヲ要ス 問 何故ニ鳩舎ノ向キハ衛生上ニ大ナル関係ヲ有スルヤ 答 鳩舎ニ湿気ト寒気トヲ入レサル為鳩ノ出入口ニ風雨ノ吹キ込マサル如ク其ノ向キヲ定ムヘキナリ（仏国北部ノ戦地ニ於テハ風多キ関係上入口ヲ東南ニ面セシムヘキ場合多シ） 問 何故空気ノ流通宜シキヲ要スルヤ 答 如何ナル鳩舎ト雖用ヰ得ヘキ容積ヲ有效ニ利用スル場合ニハ鳩ノ日常生活ニ要スル空気ノ不足スルヲ常トス 鳩ノ呼出空気ハ酸素ノ不足ヲ来タシ反対ニ有毒瓦斯ヲ含ムモノナリ而シテ其ノ比重新鮮ナル空気ヨリ著シク小ナルヲ以テ鳩舎ノ上部ヲ占ムルニ至ル鳩ヲシテ此ノ如キ空気ヲ吸入セシムルコトハ危険ナル毒素ヲ以テ之ヲ殺害スルニ等シキモノトス 問 何故ニ明取リハ衛生ニ必要ナリヤ 答 太陽ノ光線ハ生活及温熱ノ源ニシテ之ニ依リ総テノ生活機関ノ働キヲ活発ナラシムルノミナラス有效ナル殺菌作用ヲ為ス 問 何故ニ鳩舎ハ鳩ニ慰安ヲ与ヘサルヘカラサルヤ 答 鳩ノ鳩舎ニ帰ルハ強制的ニアラスシテ其ノ自由意志ニ依ルモノナルモ時トシテ大ニ其ノ努力ヲ要スル場合アルヲ以テ鳩カ進テ此ノ努力ヲ為ス如クセシメサルヘカラス 若シ鳩カ鳩舎内ニテ他ノ好闘者ヨリ虐ケラレ又自己ノ巣ヨリ駆逐セラレ且其ノ習慣ヲ破ラレ自己ノ意思ニ満タサルコトノミ多ク又旅行ヨリ帰レハ己レノ巣ハ他ノモノニ奪ハレ又ハ狼藉ヲ受クルカ如キアラハ終ニ鳩ハ己レノ巣ニ対スル愛著心薄ラキ矢ノ如キ帰心ノ発生ヲ減少スヘキヲ以テ途中ニ或ル障害ニ遭フモ強テ之ヲ犯シテ旧巣ニ帰ルコトヲ敢テセサルニ至ルモノナリ従来鳩ヲ失ヒタルハ概ネ此ノ種ノ簡単ナル原則ニ注意ヲ払ハサリシ結果ニ外ナラス其ノ他鳩取扱者ハ鳩ノ極メテ記憶力ニ富ミ些少ノ印象ニモ感シ易キモノナルコトヲ常ニ銘心スルヲ要ス 第四章 軍用鳩 一日間ニ七百乃至九百吉米ノ長距離ヲ飛行シ又其ノ体質上及精神上ノ優良ナル点ヲ子孫ニ伝ヘ得ヘキ近代ノ軍用鳩ハ若干ノ特質ヲ有スルモノナリ
頭ハ「中高（ナカダカ）」（Convese）ニテ額ハ横トノ二方向ニ発達シ後頭ハ後ニ発達ス 嘴ハ強大ニテ頭ニ善ク適合スヘシ 目ハ距離ニ応シ視力ヲ変シ得ル如キ特性ヲ備フルヲ要ス優良ナル鳩ニ在リテハ瞬速（マタタキ）ニシテ瞼筋ノ働キ活発ニシテ力強ク瞳孔輝キ瞳ヨリ僅ニ前ニアルカ如ク見ユ瞳ハ瞼ニテ汎ク取リ巻カレ色鮮カニシテ晴朗ナル光輝ヲ放ツ目ハ善ク其ノ意志ヲ現ハシ雄ニ在リテハ快濶ニシテ強ク雌ニ在リテハ雄ヨリ優シク且活発ナリ 首ニハ羽毛多ク雄ノ首筋ハ太シ 胸ハ稍広ク且前方ニ突出ス 肩ハ強ク腰モ又力アリテ且羽毛多シ 胸骨ハ堅固ニシテ前方ニ反張シ後方ニ至ルニ従ヒ締リ以テ腹部ノ大サヲ最小限タラシム 翼ハ強キ肩ニ緊著シ拡ケタルトキハ僅ニ曲線ヲ成ス翼ノ親羽根ハ羽軸逞シクシテ長ク且軽シ子羽根ハ数多ク且絹ノ如ク柔カナルヘシ而シテ親羽根ノ上ニアルモノハ恰モ尾根瓦ノ如ク次第ニ下ノモノヲ覆フヲ要ス親羽根ノ下ニアルモノハ繊ク柔カニシテ飛翔間空気ノ抵抗少キヲ要ス 座骨ハ強ク且接合宜シキヲ要ス 尾骶骨ハ背ノ両側ヲ画スル線ノ延線上ニテ之ト適当ニ接合スヘク其ノ表面全部ニハ多クノ子羽根ヲ備ヘ其ノ子羽根ハ繊ク且絹ノ如ク柔カナルヘシ 尾羽ハ余リ長キヨリハ寧ロ短キヲ可トシ又善ク纏マリ一ハ他ノモノノ上ニ重ナリ基根部ニハ多数ノ子羽根アリテ之ヲ葢ヒ且動キ易キ屈曲自在ニシテ而モ強キ舵ノ作用ヲ為ス 腿及脚ハ太ク筋張リ爪ハ太ク緊リ且趾（ユビ）ノ中ニ善ク箝入スルヲ可トス 全身ニ亘リ羽毛多ク且絹ノ如ク柔カナルヲ要ス 体重ハ雄ニ在リテハ四百二十五瓦乃至五百二十五瓦、雌ニ在リテハ三百八十瓦乃至四百八十瓦ノ間ニアリ」軍用鳩ノ呼吸機関ニハ飛翔間肺ヨリ供給スル空気ノ潴嚢ヲ備フ 此等ノ潴嚢ハ左ノ三種ノ用ヲ為ス （一） 各潴嚢其ノ自身ト之ヨリ皮膚ノ下、筋肉ト筋肉トノ間及背ノ内部ニ連絡スル不規則ナル空間トニ依リテ空気ヲ全身ニ分布ス （二） 各潴嚢ハ温メタル空気ノ貯蔵所ノ作用ヲ為シ飛翔間諸筋肉カ多量ナル酸素ヲ要スルニ至ルヤ肺ニ還リテ其ノ補給ヲ為ス （三） 鳩ノ比重ヲ減シ飛翔ヲ容易ナラシム 呼吸機関ノ良否ハ軍用鳩ノ価値ヲ著シク上下シ前記空気潴嚢ノ良好ナル発達ハ大ナル飛行ヲ為スヘキ鳩ニ対シ欠クヘカラサル条件ナリ 羽ハ軸タル管ト之ニ付セル毛ヨリ成ル基部ニ近キ処ハ管ヲ成シ空気ヲ通ス末端ハRachisト言ヒ之ニ毛ヲ密生シ相互ノ間ニ付著スルBarbulesニ依リテ毛ト毛ヲ連接シアリRachisノ付ケ根ニハHyporachisト称スル毛ノ小塊ヲ見ル 翼ノ羽中最重要ナルモノ左ノ如シ 第一次羽（Primaires）ト称シ一翼ニ十本アリ翼ノ手ヨリ生ユ 第二次羽（Secondaire）ト称シ一翼ニ十二本アリ翼ノ腕ヨリ生ユ 保護羽（Tectrices）ト称シ第一次羽及第二次羽ノ管ヲ掩ヒ以テ風雨ニ対シ之ヲ保護シ且常ニ之ニ抵抗力ト屈曲ノ自在トヲ保タシム 尾羽（Bectrices）ハ十二本ヨリ成ル之ニモ保護羽アリテ一部ヲ掩ヒ以テ一ニハ尾羽ヲ増力スルト共ニ基部ノ保護ニ任スルモノトス 問 頭ノ形状正シク中高ナラサル鳩ハ一概ニ退ケサルヘカラサルヤ 答 否初ヨリ一概ニ不良トシテ退クヘカラス頭ノ形カ前方ニ突出シタル鳩ニシテ優秀ナルモノヲ発見スルコトアリ此ノ特質ハ意志ノ強固ナル証拠トナルモノナリ 問 目ノ色ハ鳩ノ性質ト重大ナル関係アリヤ 答 否何等ノ関係ナク単ニ目ノ色ハ血統ヲ現ハスニ過キス唯眼中ノ輝キハ競走的美質ノ特徴トシテ注意スヘキ値アリトス 色ノ何タルニ拘ラス其ノ色ノ深キモノハ其ノ子孫ニ伝ヘ得ヘキ多量ノ血ヲ有スルコトヲ示スルモノナリ之ニ反シ光ナキ目（かすみめ）ハ諸種ノ原因ニ依リ血種ノ漸次退却シツツアル徴ナリ但シ之ト「アントワープ」種ノ白澄タル目トヲ混同スヘカラス後者ハ確ニ萬人ノ優良ト認ムルモノナレハナリ 問 何故ニ胸ハ広ク肩ハ太ク腰ハ強ク胸骨ハ堅固ナルモノヲ要スルヤ 答 鳩ハ力士ニ比較スヘキモノナリ長時間苦シキ努力ヲ成シ遂クルニハ体格上若干ノ良質ヲ備ヘサルヘカラス 問 然ラハ大ナル鳩ハ中等以下ノ鳩ニ比シ常ニ優レリヤ 答 必スシモ然ラス「対照ノ良好」ナルハ鳩ノ選択上最必要ナル事項ナリ鳩ノ骨格ハ其ノ翼ノ大サニ適合セサルヘカラス熟練ナル鳩取扱者ハ鳩ヲ触診シタルノミニテ其ノ特有ノ美質ヲ概ネ察シ得ルモノナリ是此ノ美質ハ常ニ完全ナル釣合ヒヨリ来ルモノナレハナリ 問 何故ニ概ネト言フヤ 答 何トナレハ種類ニ依リ断定ノ不可能ナルモノアリ又此ノ法則ハ一般的ニシテ鳩ノ競走的美質ハ単ニ体質ノミニ基クモノニアラサレハナリ 問 鳩ノ毛色ハ其ノ能力ト何等カノ関係アリヤ 答 何等ノ関係ナク毛色ニハ何ノ意味モナシ唯目ノ色ト同シク血統ヲ現ハスモノニテ時トシテ四、五代後ニ至リテ先祖ノ毛色ヲ受継クモノアリ 問 何故鳩ニハ羽ノ多キヲ貴フヤ 答 羽ハ鳩ノ体ニ必要ナル熱ヲ保チ又鳩ノ飛行間空気ノ滑リヲ善クシ其ノ抵抗ヲ減ス但シ之カ為ニハ羽ノ纏リ善ク且絹ノ如ク柔ナルヲ要ス 問 総テノ羽ハ悉ク同シ働キヲ為スヤ 答 否体ノ羽ハ衣服ニシテ温熱ヲ保チ且風雨ニ対スル保護ヲ為シ翼ノ外側ノモノ（第一次羽ト称スルモノ）ハ舟ニ於ケル櫂ノ作用ヲ為シ一ニ推進力ヲ起ス、翼ノ内側ノモノ（第二次羽ト称ス）ハ一ノ支持面ヲ成形シ空気中ニ於ケル鳩ノ支点トナリ以テ第一次羽ノ作用ヲ助ク 尾羽ハ舵ノ作用ヲ為シ以テ飛行間鳩ニ方向変換ヲ為シ得セシムルノミナラス上下舵トシテ鳩ノ希望ノ高サニテ飛行ヲ継続シ得セシムルモノナリ 問 然ラハ鳩ノ昇ル高サハ一定ナラサルヤ 答 鳩ハ任務遂行間遭遇スル気流ニ応シ其ノ高サヲ変ス晴天ニシテ風カ追手ナルトキハ高ク昇ルト雖三百米ヲ超ユルコト稀ナリ風若逆風ナルトキハ僅ノ蔭ヲモ利用シ得ル如ク地面ニ近ク飛翔スルコト多シ 問 羽ノ抜ケ代リハ如何ニシテ行ハルルヤ 答 羽ノ抜ケ代リハ第一次羽ニ始マル其ノ季節ハ一般ニ四月末ヨリ十一月末ニ亙ル 第一次羽ハ十本共年々抜ケ代ルモノニテ最小ナルモノ即チ外側ヨリ十本目ノモノヨリ始マリ約三週間宛ノ間ヲ置キテ外側ヨリ五本目迄逐次外側ニ及ホス而シテ或ル羽ノ落ツル時機ハ其ノ内隣ノ新シキ羽カ固有ノ長サノ半ハニ達シタルトキナリトス但シ外側四本ハ四週間宛ノ間隔ニテ抜ケ代ルモノトス尚其ノ落ツル時機ハ其ノ内隣ノ新シキ羽カ固有ノ長サノ三分ノ二ニ達シタル時機ナリトス 右ノ翼ト左ト翼トニ於テハ同一順番ニアル羽ハ同時ニ落ツルヲ要ス若然ラサル場合ニハ鳩ノ健康ニ何等カノ障害アルモノトス 第一次羽ノ最初ノ六本抜ケ代ルヤ嘴ノ基部ヨリ始マリ次ニ全身ニ亙リ換羽ノ行ハルルモノナリ 細心ノ注意ヲ以テ養ヒ完全ニ取扱ヒ従テ健康状態ニ異常ナキ鳩ハ毎年総テノ羽毛ヲ換羽スルモノトス但シ第二次羽ヲ除ク 第二次羽ハ一ニ年羽（トシバネ）ト称シ普通ノモノニ在リテハ之ニ依リ年齢ヲ鑑定シ得レハナリ此ノ羽ニハ一ノ特質アリテ毎年一本ツツ抜ケ代ル而シテ新ナル羽ハ在来ノモノヨリハ少シク広ク且短ク其ノ先キノ丸ミ少シク大ナリ即チ之ト生レナカラニ有スルモノトハ容易ニ識別シ得ヘシ 尾羽ハ十二本中最内側ナル一対ヨリ始マリ逐次外側ニ左右各一本ツツ同時ニ落ツルヲ以テ此ノ換羽ノ全期間鳩カ飛行中舵ノ不平均ナラサル如ク行ハルルモノナリ 問 換羽セル羽ハ如何ニシテ判別シ得ルヤ 答 換羽セル羽ハ色鮮カニシテ光沢アリ且絹ノ如ク手触リ善キモノナリ 問 完全ナル換羽ハ鳩ニ必要ナリヤ 答 換羽ハ天然ノ作用ナリ此ノ作用ハ鳩ノ健康状態完全ナルニアラサレハ行ハレス換羽ノ著シク遅レ又ハ止マルハ総テ何等カノ故障アルノ徴ト見做シ得ヘク従テ此ノ間特ニ此等ノ鳩ニハ監視ヲ行フヘキモノトス 問 健康ナル鳩ノ換羽ハ常ニ連続的ニ且故障ナク行ハルルモノナリ 答 換羽ハ遅レ又ハ早マルコトアリ 過早ニ雛ヲ育テシムルトキハ過早ノ換羽ヲ招キ之ニ反シ雛ヲ育テシムルノ時機遅ルルトキハ換羽モ亦従テ遅ルルモノトス一般ニ第一次羽中第一回ニ落ツルモノハ第二番雛ノ卵ヲ生シタル後行ハルルモノナリ而シテ第一次羽ノ抜ケ代リテ新羽発達シ行ク際ニハ其ノ育ツル雛鳩カ相当ノ大サニ達スルカ又ハ鳩カ更ニ次ノ卵ヲ生ム迄ハ隣リノ羽ハ落チサルモノナリ 然レトモ換羽カ普通ノ順序通リ遅速ナク行ハルルコトハ最希望スル所ナリトス何トナレハ若多数ノ第一次羽カ同時ニ落ツルコトアラムカ為ニ長距離飛行ヲ不可能ナラシムル場合アレハナリ故ニ鳩取扱者ハ換羽ヲシテ正規ナラシムルニ努メ又翼ノ衣更ヘナスヘキ季節ニ達セハ特ニ取扱ニ注意ヲ加ヘサルヘカラス若羽毛ニ欠陥ヲ生シ従テ適当ナル保護ヲ欠クトキハ鳩ハ旅行ノ為最不利ナル状態ニ在ルモノト謂フヘシ 第五章 軍用鳩ノ帰還スル本能 己レノ巣ヲ愛スルコトハ老若ト雌雄トヲ問ハス軍用鳩ノ通有性ナルモ年齢ノ進ムニ従ヒ益著シク又雄ハ所有権ノ観念ヨリ雌ハ幼児保育ノ本能ニ依リ特ニ然リトス 交尾時期及鳩舎内ニ巣ノ配当ヲ為ス場合ニハ新世帯ニ雄ノ選定セル巣ヲ与フルヲ可トス此ノ如クスレハ鳩舎内ニ於ケル平和ヲ保持シ得ヘシ 軍用鳩ノ帰還スル性能ハ先天的ニ依ル部分トノ合力ニ依リテ発達スルモノニシテ両者共ニ幾世紀ヲ通シ人類カ発達、変化竝開拓利用シタルモノナリ 観察力及記憶力ハ此ノ本能ノ要素ニシテ之ヲ他ノ二箇ノ感能力即チ方位ヲ定ムル力及視力ト密接ニ楔合セシメ茲ニ其ノ価値ヲ生セシムルモノナリ方位ヲ定ムルノ感能ハ他ノ動物ト雖若干備フルモノニテ鳥類ハ特ニ比較的多ク此ノ種ノ本能ヲ有スルカ如シ此ノ感能ハ中耳内ニ其ノ根元ヲ存スルカ如ク即チ中耳ノ頂部ニ三箇ノ半円形ヲ成セル管アリ若此ノ管ヲ損傷スルトキハ方位ヲ定ムル感能ヲ失フモノナリ 視覚ハ方位ヲ定ムル感能ノ「たしまへ」ニシテ軍用鳩ノ帰還スル本能ニ必要ナル補助感能タリ 視力不良ナル鳩ハ価値ナキモノニシテ鳩ノ目ハ眼窩内ニテ頗ル活動スルモノニシテ目ノ保護ニハ普通ノ瞼アリ開ケルトキニ黒目ノ周囲ヲ包囲シ良ク角膜ヲ掩護シ必要ノ際雨戸ノ如ク上下ヨリ目ヲ閉ツルコト周知ノ如シ此ノ他第二ノ瞼アリ（La Clignotante ト称ス）透明ノ膜ニシテ目ノ前ヨリ後ロニ広カリテ眼球ヲ覆ヒ飛翔間目ヲ閉ツルコトナク眼球ヲ掩護シ得ルモノナリ 鳩カ遠距離ト近距離トニ応シ極メテ迅速ニ視度ヲ変シ得ルコト竝光線ノ強キ所ヨリ弱キ所ニ入リ又ハ之ト反対ノ場合ニ於テモ目ノ働キニ支障ナキハ眼筋ト虹彩トノ作用ニ依ルモノニシテ前者ハ随意ニ水晶体ノ形状ヲ変ヘ遠近ニ応スル影像ヲ適当ニ網膜ニ映セシメ後者ハ瞳孔ノ太サヲ任意ニ変シ以テ射入光線ノ量ヲ調節ス 目ノ位置、其ノ形状、運動、色、光沢、表情ハ鳩ノ価値、血統ノ関係竝最著シキ観念ヲ示スモノナリ 問 鳩ハ雄ト雌トニテ競争的価値ニ等差ナキヤ 答 無シ然レトモ雌ハ雄ニ比シ競争的飛行ヲ行ヒ得ル場合少シ例ヘハ産卵数日前ノ如キハ雄ヨリ追ハレ体力消耗シアリ又産卵後二、三日間モ疲労ノ状態ニ在リテ若干休養セシムル必要アリ 問 雄カ不在ノトキハ雌ニ対シ如何ナル注意ヲ要スルヤ 答 雌カ卵ヲ抱キツツアル時機ニハ二日間、状況ニ依リテハ三、四日間之ヲ放棄スヘシ 若巣ヲ去ラムトスル様子ヲ見タルトキハ左ノ処置ヲ取リ成功ヲ見ル場合多シ 雄ハ一般ニ午前十時ヨリ午後五時ノ間卵ヲ抱クモノナルヲ以テ此ノ間ハ雌ヲ鳩舎ヨリ出シ黄昏ニ至リ再ヒ巣ニ入ラシム但シ雌ノ巣ニ帰ル前数分間他ノ鳩ヲシテ巣ヲ温メ置カシメサルヘカラス又卵ニハ印ヲ付シ雌ノ不在間他ノ鳩ノ処ニ持チ行キ抱カシメ置クヘキヲ要ス此ノ如クスルトキハ雌ハ己レノ卵ニ対スル愛情変ルコトナク又雄ノ不在ニ就キ煩悶スルコトナシ 鳩取扱者ハ特ニ注意ヲ加ヘ他ノ雄カ来リテ空閨ヲ守レル雌ヲ巣ヨリ追ヒ出ササル如ク監視ヲ要ス若雌カ一羽又ハ二羽ノ雛鳩ヲ育ツルトキハ雄ノ不在間雌ノミニテ哺育スルモノナリ然レトモ己レノ巣ヲ奪ハムトスル隣リノ鳩ノ為心ヲ痛ムルコトナキ様大ナル注意ヲ要ス若騒カシキ鳩アリテ強テ我カ意ヲ貫カムトスル場合ニアリテハ若干時間（巣ニ不在スルモ支障ナキ期間）之ヲ監禁スルヲ可トス 雛鳩相当ニ生育スルトキハ雌ハ他ノ雄ヲ求メムト欲ス此ノ場合ニハ之ヲ巣ニ閉チ込メ食餌ノ際ノミ自由ヲ与フ是雄カ出先ヨリ帰リ来リテ落胆シ従テ鳩舎ニ対スル愛着心ヲ殺クコトナカラシメムカ為ナリ 問 雌ノ不在ハ巣ニ残レル雄ニ苦痛ヲ与フルヤ 答 若其ノ不在短キ場合ニハ何等ノ苦痛ナシ是雄ハ他ノ鳩カ自己ノ巣ニ理不尽ナル侵入ニ対シ防御ヲ為スノ力アレハナリ 然レトモ雌ヨリハ速ニ根気ノ薄ラクモノナリ又雛ヲ哺育中ナレハ雌ノ還ル迄ハ一意哺育ヲ継続スルモノナリト雖其ノ配偶者以外ノ雌ハ之ニ近ツケサルヲ可トス 問 軍用鳩ハ教育ヲ施ササルモ使ヲ為シ得ルモノナリヤ 答 小距離ニテ天候良好ナル場合ニ於テハ然リ然レトモ之ニ十分ノ能力ヲ付与セムカ為ニハ完全ナル教育ノ力ニ俟タサルヘカラス勿論鳩ハ遺伝性ニ依リ多少ノ能力ヲ備フルモ之カ価値ヲ発揮スルヤ否ヤハ多クハ其ノ教育手段ノ良否ニ関ス 軍用鳩ハ天然ニ方向ヲ定ムル感能ヲ有シ此ノ感能カ鳩舎ニ還ルニ必要ナル一要素ナルモ之ト同シク重要ナルモノアリ就中観察力及記憶力ハ最重要ナルコト前条ニ明言セシカ如シ 命セラレタル演習ヲ実施シ秩序的ニ飛行ヲ行ヒ適当ナル調教ヲ施スコトハ教育ノ綱領ナリ 問 軍用鳩ハ如何ニシテ方位ヲ定ムルヤ 答 現今ノ程度ニ於ケル科学ニテハ単ニ想像説ニ過キス 鳩ノ方位ヲ定ムル感能ハ生レナカラニ有スルモノナリ此ノ事項ハ何人モ明言スル所ナルモ之ヲ著シク発達セシムルモノハ演習ノ力ナルハ又萬人ノ異論ヲ挿マサル所ナリ 教育ヲ受ケタル鳩ハ例ヘハ南ヨリ北ニ四百吉米旅行セハ数日後ニ於テ北ヨリ南ニ向ヒ帰還シ得ヘキモ教育ヲ施ササル鳩ニ於テハ之ヲ行フコトヲ得ス 此ノ感能根元ノ中耳内ニアルハ前述シタル所ノ如シ然レトモ単ニ之ノミヲ以テハ効果ナク鳩ノ鳩舎ニ帰還スルハ其ノ有スル各種ノ手段、素因ノ微妙乱スヘカラサル楔合ニ依ルモノナルハ次ノ証明ニ依リ明ナリ 視力不完全ナル軍用鳩ハ価値ナシト雖視力ハ鳩ノ出発ニ対シテハ何等ノ価ナシ何トナレハ地球ハ孤形ナルカ為鳩ヲ放チタル所ヨリ鳩舎ヲ透視シ得ルモノニアラス然ルニ若干ノ軍用鳩ハ千二百乃至千五百吉米ノ旅行ヲ果セリ其ノ他軍用鳩ハ鳩舎ニ還ルニ一直線路ヲ取ルニアラサルコトニモ注意ヲ要ス 又教育ヲ施セル鳩及優良種ノ鳩ハ夜間モ亦旅行ヲ行ヒ得而シテ之ニハ毫モ月明ノ必要ナク従来全然暗黒ノ夜ニ於テ好成績ヲ収メタルコトアリ 故ニ鳩ハ方角ヲ定ムル為ニハ目ノ必要ナシ然レトモ重ネテ一言スヘキハ視力不完全ナル鳩ハ価値ナク原則トシテハ捨ツヘキモノタリ 問 大気ノ状態ニ依リ鳩ノ帰還ノ妨ケラルルコトアリヤ 答 霧ノ場合ニハ方角ヲ定ムルコト甚タ困難ニシテ路ヲ見出スコトモ容易ナラス故ニ此ノ如キ場合ニハ鳩ヲ放タサルヲ可トス 他ノ困難例ヘハ雪カ地面ヲ覆ヒタル場合ノ如キハ若シ鳩カ其ノ以前毎日ノ如ク其ノ土地ヲ飛行シ観察ヲ十分ニ遂ケアル場合ニハ（此ノ条件ハ必須ナリ）霧ニ比シテハ容易ニ成功シ易キモノナリ 問 然ラハ鳩ヲ放ツハ如何ナル天候ニテモ差支ナキヤ 答 軍用鳩ハ単ニ鳩舎ニ帰還スルヲ以テ満足スルコトナク其ノ大ナル速度ヲ要求セサルヘカラス大気ノ状態ニ依リテハ無益ニ鳩ヲ疲労セシメ遂ニハ時トシテ鳩ノ気力ヲ消耗シ帰還ヲ思ヒ止マルカ如キ悪結果ヲ醸スコトアリ 濃霧、雨、雪、猛烈ナル向ヒ風モ亦鳩ヲ放ツニ適セサル天候ナリ 問 鳩舎ノ位置、其ノ経度、緯度、高度、気候ハ軍用鳩ノ能率ニ大ナル関係アリヤ 答 鳩ハ善ク寒気ニモ暑気ニモ堪ヘ如何ナル土地ヲモ気候ヲモ厭ハス然レトモ時ト場所ノ如何ヲ問ハス衛生上ノ注意ヲ要ス 第六章 軍用鳩ノ食料 総テ発動機ヲ働カサムトスルニハ燃料ヲ要スルカ如ク動物ノ働カムトスル為ニハ食物ヲ要ス燃料ハ燃焼スルノミニテ可ナレトモ食物ハ動物ト同化シ得ルモノナルヲ要ス 動物ハ若干時間ハ食物ヲ取ラスシテ生活シ得是体内ノ貯蔵物質ニ依リ栄養ヲ続ケ得レハナリ 軍用鳩モ亦此ノ原則ニ従ヒ勢力ノ予備ヲ貯ヘ以テ所要ノ任務ヲ遂行シ得サルヘカラス 鳩取扱者ハ鳩ノ強健ナル各機関ノ組織及之ヲ維持シ得ヘキ食糧ニ就テ熟知セサルヘカラス尚其ノ機関ノ働ヲ完カラシムル為食糧ノ調節ヲ為スコト必要ナリ ＊＊＊ 軍用鳩ノ食糧中ニハ左ノ三要素ヲ備ヘサルヘカラス 窒素化合物 含水炭素 脂肪 此ノ外鳩ハ体質上礦物塩ヲ要ス適宜ノ清水モ亦必要欠クヘカラサルモノナリ 窒素化合物ハ主トシテ左ノ穀類中ニ求メ得ヘシ而シテ其ノ含有量左ノ如シ 蠶豆（小） 二四％ 鳩豆 二五 扁豆 二四 豌豆 二三 含水炭素ヲ最多量ニ有スル穀物左ノ如シ 米 七三％ 玉蜀黍 六六 小麦 六五 大麦 六四 脂肪ハ左ノ植物ノ子実中ニ多量ニ含有ス 菜種 四〇％ 亜麻 三五 麻ノ実 三〇 適当ナル鳩ノ食糧ニハ左ノ二要件ヲ具備スルヲ要ス 一 食物ハ完全ニ消化シ且同化シ易キコト 二 食物ノ成分ハ鳩ノ諸機関ノ需要ニ適合スルコト 脂肪質ノ食糧ヲ完全ニ消化セシメムカ為ニハ窒素化合物ト適宜ニ配合シ其ノ量全食量ノ三十「プロセント」ヲ超過セサルコト必要ナリ 鳩ノ諸機関ノ需要ニ応スヘキ含水炭素ノ量ハ鳩ノ年齢、大気ノ温度及鳩ノ要求スル労力ノ難易ニ依リテ異ルモノトス 軍用鳩ノ食糧ハ前述各種穀類ノ含有物ヲ顧慮シ亦蠶豆、鳩豆、扁豆及豌豆ハ概ネ二十五「プロセント」ノ窒素化合物ヲ有スル外尚含水炭素五〇「プロセント」ヲモ含ムモノトシ略左ノ配合比ヲ適当トス 蠶豆 日量ノ 四〇％ 鳩豆 同 三〇 玉蜀黍 同 三〇 此ノ外加給品トシテ 亜麻実 一〇％ 米 五 ヲ与フ 蠶豆、鳩豆、扁豆及豌豆ハ全日量ノ七十「プロセント」ノ範囲内ニ於テ彼此其ノ配合ヲ変スルモ差支ナシ 全日量ハ季節ニ応シ鳩ノ労働ヲ顧慮シ鳩一羽ニ対シ三十五乃至四十五瓦トス 尚一週ニ一、二回青物ヲ与フルヲ可トス其ノ種類ハ水菜ヲ最良トシ萵苣（「チシヤ」）之ニ亜ク ＊＊＊ 問 何故食物ノ完全ナル同化カ軍用鳩ニ必要ナリヤ 答 何トナレハ鳩カ受ケタル任務ヲ果スニ必要ナル精力ヲ最良ノ状態ニ貯蔵スルヲ要スレハナリ 問 如何ニシテ此ノ同化ヲ為サシメ得ヘキヤ 答 品質良好ノ穀物ヲ前述ノ比例ニ配合スレハ可ナリ 問 品質良好ノ穀物トハ如何 答 品質良好ナル穀物ハ黴臭ナク好ク乾燥シアリ鳩ニ与フヘキ穀物ハ此ノ如キモノニ限ルヲ可トス然ラサレハ数箇月ヲ費シ養成セル鳩ヲモ数週ニシテ失ヒ折角ノ苦心モ水泡ニ帰スルコトアレハナリ 問 輸送中変敗セル穀物ハ精選スルモ尚使用シ得サルヤ 答 一概ニ棄捨スルニ及ハス黴敗ノ形跡アルモノハ少量ツツ（二吉瓦以下）他ノ袋ニ移シ数分間之ヲ震盪シタル後之ヲ空気ニ曝スヘシ日光ヲ当テ得レハ更ニ可ナリ 穀物ハ時トシテ袋ノ移リ香ヲ受クルコトアリ此ノ場合ニハ乾燥セル場所ニ其ノ穀物ヲ拡ケ屢之ヲ攪拌シテ臭気ヲ去ルヘシ 湿気ヲ帯ヒタル穀物又ハ乾燥不十分ノモノハ麻布上ニ極メテ薄キ層ニ拡ケ直接日光ニ曝ストキハ堅ク且碎ケ易クナルモノナリ 如何ナル場合ニ在リテモ鳩ニ之ヲ与フル前穀物ヲ篩フヲ要ス 問 何故鳩ニハ適宜ニ水ヲ与ヘサルヘカラサルヤ 答 水ハ穀物ヲ破碎スルニ必要ナレハナリ而シテ水ハ適宜ニ之ヲ飲マシメサルヘカラス何トナレハ如何ナル生物モ鳩ノ如ク適度ニ水ヲ飲ムモノナケレハナリ 問 総テノ水ハ鳩ニ適スルヤ 答 鳩ハ純良ノ水ヲ与ヘサルヘカラス是不潔ノ水中ニアル有害物ハ循環器内ニ入リ鳩ノ健康ヲ害スレハナリ故ニ水ヲ与フル器ハ営ニ鳩ノ排泄物ノ入ラサル如クスルノミナラス日々底迄清洗シ水ハ食時毎ニ取リ代フルヲ要ス 又水ハ甚タ吸収力ニ富ミ空気ヲ汚濁スル瓦斯ヲモ忽チ吸収スルモノナルコトヲ忘ルヘカラス 問 水ニ依リ血液ノ清浄法ヲ行ヒ得サルヤ 答 水ハ最之ニ適スル溶剤ナリ盛夏ノ候ニハ水ニ重炭酸曹達ノ少量ヲ加ヘ湿気多キトキ又ハ厳冬ノ頃ニハ少量ノ明礬又ハ硫酸鉄ヲ加フ 問 食餌ノ分配法如何 答 食餌ハ一定ノ時刻ニ量ヲ代ヘテ与フヘシ即チ日中一乃至二回軽キモノヲ与ヘ主食ハ夕刻トス 問 鳩ノ消化可良ナルカハ如何ニシテ鑑定ヲ得ヘキヤ 答 消化可良ノ鳩ノ糞ハ堅ク球形ニ近ク且大ナル白斑ヲ有ス 問 鳩ノ消化不良ナルコトハ如何ニシテ認メ得ヘキヤ 答 総テ消化不良ノ鳩ハ下痢ヲ催ス之ニ対スル最良ノ手当ハ絶食トス 絶食ハ肝臓ノ分泌ヲ盛ナラシメ其ノ胆汁ニ依リ腸ノ清浄ヲ行ヒ得レハナリ 問 鳩ノ食糧ニ必要ナル礦物塩ハ何レニ求メ得ヘキヤ 答 鳩ノ営養ニ適スル穀物類ニハ総テ三乃至六「プロセント」ノ礦物塩ヲ含ム此ノ外鳩ノ食糧ヲ完全ニスルニハ塩化「ナトリユーム」（食塩）ト石灰塩トヲ要ス故ニ総テノ鳩舎ニハ常時鳩ノ取リ得ル如ク塩類ヲ含ム箱ト岩塩一塊トヲ備フルヲ要ス右塩類ヲ含ム土ニハ生焼キノ柔キ煉瓦ヲ細末ニセルモノヲ交フヘシ其ノ細末ハ胃ノ前室嗉嚢ノ壁ヲ傷ケサル為先ノ尖リタルモノ又ハ刄形ヲ成セルモノナキヲ要ス煉瓦ノ粉ハ其ノ含メル炭酸石灰ノ化学作用ニ依ル外其ノ理学的作用ニ依リ嗉嚢内ニ行ハルル碎磨作用ヲ助クルモノトス蠣殻及玉子ノ殻モ亦多量ノ燐酸石灰ヲ含ミ骨ノ組織上必要ナルモノニシテ鳩ノ食糧ニ適ス 問 何故ニ鳩ニハ窒素化合物ヲ多量ニ含メル食物ヲ必要トスルヤ 答 窒素質ノモノハ身体ノ組織及補給ニ必要ナル要素ヲ供給ス 窒素化合物ヲ多量ニ含メル穀類ハ軍用鳩ニ重要ナル諸性質即チ筋肉ノ力、気力、脳力ノ発達ニ対シ必須欠クヘカラサルモノナリ 此等ノ穀物ハ甚タ滋養ニ富ミ筋繊維ヲ発達セシメ消化器ノ内容ヲ減シ而シテ飛行ノ機能ニ必須欠クヘカラサル筋肉系統及呼吸系統ニ大ナル発達ノ余地ヲ与ヘ得 問 体力補給ノ為ニ尚他ノ方法アリヤ 答 沐浴ノ如キハ有力ナル一手段ナリ之ニ依リ鳩ニ力ヲ与ヘ屈伸ヲ自在ナラシメ又羽ヲ汚染セル総テノ物質ヲ除去シ得若鳩舎内ニテ沐浴ノ方法ナキトキハ鳩ハ何レカニ於テ衛生上ノ顧慮ナキ入浴ヲ試ムルニ至ルヘシ故ニ鳩ニハ春季ハ一週二回、冬季ニハ気温ノ許ス毎ニ入浴ヲ為サシムヘシ困難ナル旅行ヨリ帰レル鳩ニハ成ルヘク其ノ翌日入浴セシムルヲ可トス 問 何故含水炭素ヲ多量ニ含メル食物ハ鳩ニ適スルヤ 答 含水炭素ハ鳩ノ筋肉ニ其ノ消費セル物質ヲ供給ス又其ノ残余ハ脂肪ニ変化シ他日必要ノ生セルトキ消費サルヘキ予備トナルモノトス 問 脂肪ヲ含メル穀物ハ如何ナル作用ヲ為スヤ 答 脂肪ハ温熱ノ発生ニ必要ナリ脂肪ハ之ト同重量ノ窒素化合物又ハ含水炭素ニ比シ二倍半ノ温熱ヲ発ス 問 礦物塩ハ何ノ効能アリヤ 答 礦物塩ハ身体ノ組織及同化ニ必要ナルモ精力ノ上ニハ何等ノ価値ナキモノトス 塩化「ナトリユーム」ハ消化液ノ分泌ヲ促シ消化力ヲ盛ニス石灰塩ハ骨ヲ強メ骨格ヲ鞏固ニス 問 雛鳩ノ育テ方如何 答 卵ノ殻ヨリ出テタル後三、四日間ハ一ニ両親鳩ノ哺育スル淡黄色ノ乳汁ヲ以テ養ハル其ノ後此ノ分泌液ニハ漸次穀物ヲ交ヘ来リ第八日目頃殆ト穀物ノミトナル第二十日頃ニ至ラハ若干ノ小粒ナル穀物ヲ巣ノ中ノ両親鳩ニ与フルヲ要ス雛鳩ハ親鳩ノ之ヲ喙ムヲ見テ之ヲ模倣スルニ至ル 雛鳩若良質ノモノナレハ第二十二日ニ雛巣ヲ行ヒ得ヘシ何レニシテモ雛巣ハ第二十五日ヲ超ユヘカラス是以上ニ置クモ何等ノ利益ナキモノナリ 雛巣ノ第一日ニハ雛鳩ハ「ツブヤキ」時トシテハ採食ヲ拒ムコトアリ此ノ場合ニハ夕刻嘴ヲ押シ開ケ若干ノ穀物ヲ入レ水入レノ前ニ持チ行クトキハ暫ク水ヲ飲ムニ余念ナシ翌日ニ至リ餓ヲ覚ユレハ採食シ数日ノ後ハ体形モ変リ行キ発達モ親ト同居シアリシトキニ比シ著シク速ナルモノナリ其ノ後天候快晴ノ時沐浴ヲ行ハシムヘシ雛鳩ハ喜テ之ニ浴シ以テ発育ヲ旺ナラシム 第七章 演習ノ必要 総テ筋肉ノ運動ハ呼吸機関、循環系統竝神経系統ノ作用ヲ強ムヘキ生理的効果ヲ伴フ 飛行間筋肉ノ活動ハ延テ呼吸機関ノ運動ヲ旺ニシ呼吸ノ強サヲ増シ且其ノ数ヲ増加ス従テ体内燃焼ノ速度ヲ早メ消化機能ヲ旺盛ナラシム又筋肉ノ活動ハ心臓ノ働キヲ盛ニシ従テ又血液循環ヲ亢進セシメ体内毒素ノ排泄ヲ迅速ナラシム 筋肉ヲ鍛錬スル演習ハ二ノ結果ヲ顕ハス即チ器械的ナルト共ニ生理的ナリ何ヲ以テ器械的ナリト云フヤ他ナシ此ノ演習ハ力ヲ増シ且屈伸ノ自在ヲ生スレハナリ何ヲ以テ生理的ナリト云フヤ他ナシ筋ノ刺戟性ト神経ノ刺戟性ヲ増セハナリ之ニ反シ長ク運動ヲ廃スルトキハ筋ノ頽弛ヲ来タシ終ニハ萎縮退化ヲ起スニ至レハナリ 要スルニ演習及調教ハ生活機能ヲ旺ナラシメ且能力ノ増進ヲ促スモノナリ 然レトモ之ト同時ニ筋肉ノ運動ハ精力ヲ消費シ且之ニ相当スル酸素ヲ消耗シ運動ノ継続ニ伴ヒ筋肉ノ疲労ハ逐次累加スルニ至ル 凡ソ筋肉ノ疲労ハ其ノ運動ニ比シテ呼吸ノ作用迅速トナリ従テ燃焼スヘキ酸素ノ不足ヲ生シ機関内ニ毒素蓄積シ来ル之ヲ消散セシメ体内ノ均衡ヲ恢復セムニハ休息ヲ必要トス是休息ハ血液内ニ蓄積セル炭酸瓦斯ヲ排除シ酸素瓦斯ノ作用ニ依リ筋肉ノ刺戟性ヲ恢復スレハナリ 神経系ノ疲労ハ注意力ノ度ト作業カ知的感能ヲ煩ハスノ度ニ比例シ現ハルルモノナリ之ニ反シ自働的（衝動的）ノ運動ハ疲労少キモノナリ 休息ハ神経系及筋肉両方面ノ疲労恢復ノ為必要ナリト雖過度ニ長期ノ休憩ヲ与フルトキハ折角演習鍛錬ニ依リ得タル体力ヲ減少スルニ至ルモノトス 以上述フル所ニ依リ軍用鳩ノ体力、脳力ノ発達ハ著シク演習訓練ノ手段方法ニ関係スルコト深ク又軍用鳩ニ課スル労働ハ規則正シク漸進的ニシテ且中絶スヘカラサルコトヲ了解シ得ヘシ ＊＊＊ 問 何故軍用鳩ニ課スル労働ハ規則正シキヲ要スルヤ 答 演習ノ規則正シキコトハ生理衛生上必要ナル一要件ナリ是軍用鳩モ他ノ生物ト同様ニ天然ノ諸法則ニ支配セラルレハナリ若長時間安逸ニ流レムカ生活機能ノ弛緩ヲ来タスヘシ常ニ鳩固有ノ体力ヲ保存セシメ置クヘキノミナラス之ヲ益発達セシムルノ必要アリ 又軍用鳩ノ機関ハ通常一日間ニ飛行シ得ル最大距離ニ適応スルノ特性ヲ有スト雖又状況ニ依リ変化セサルニアラス故ニ鳩取扱者ハ鳩ヲ最良ノ状態ニ保育シ機関ノ抵抗力ヲ増大スルコトニ努力スヘシ而シテ此ノ目的ヲ達スルニハ規則正シキ演習ハ食料衛生ト共ニ必要欠クヘカラサル条件ナリ 問 何故演習ハ簡ヨリ繁ニ入ラサルヘカラサルヤ 答 演習ニハ二箇ノ目的アリ即チ教育及筋肉ノ鍛錬発達ヲ促スノ二トス 順序ヲ踏マサル演習ヲ鳩ニ課スルハ恰モ児童ニ加ヘ算ヲ教ヘスシテ直ニ乗ケ算ヲ教ユルニ等シ小学教育カ其ノ教育課目ヲ序ヲ逐ヒ組成セラレアルカ如ク軍用鳩ノ教育モ亦之ト同様ニ易ヨリ難ニ簡ヨリ繁ニ進マサルヘカラス 筋肉ノ鍛錬モ亦之ト同原則ヲ適用セサルヘカラス曩ニ軍用鳩ヲ力士ニ譬ヘタルカ此ノ点ニ於テモ亦同様ニテ逐次ノ鍛錬ヲ加フルニアラサレハ最大ノ能力ヲ発揮スルモノニアラス扨テ此ノ天賦ノ最大能力ヲ発揮スルニハ之ニ至ルニ先チ過労セシムヘカラス若此ノ原則ヲ無視スルトキハ筋肉ノ均衡性ヲ失セシメ従テ又全身諸機関ノ均衡ヲ失フニ至ル故ニ総テノ諸演習ハ此ノ理由ヨリスルモ順序ヲ追フテ之ヲ実施セサルヘカラス即チ長距離ノ飛翔距離ヲ増大セムトセハ鳩カ之ヨリ短少飛翔ノ後大ナル疲労ヲ認メサリシモノニ限リ漸次飛翔距離ヲ延長スヘシ 問 何故ニ演習ハ中絶セサルヲ要スルヤ 答 鳩ニ課スル演習ハ鳩ニ完全ナル健康ト可成的厳格ナル教育ヲ与ヘ且体力ノ発達ヲ促スニアリ 凡ソ鳩カ軍用鳩タル任務ヲ有スル間ハ之ニ日課的飛行ヲ必要トスヘク又組織的ニ反復スル諸演習ハ其ノ中止ヲ許サス此ノ如クニシテ筋肉ノ力ヲ保持シ諸感能ヲ昂メ諸能力ヲ絶エス発揚セシムルコトヲ得ルモノナリ 第八章 病気―手当 鳩舎ノ衛生法、食料衛生竝前述ノ諸法則ニ善ク適合スル日課的演習ハ鳩ヲ疾病ヨリ予防シ得ルヤ論ナシ 然レトモ鳩モ亦他ノ生物ト同シク一般的法則ノ支配ヲ免ルルヲ得ス或ル原因ニ依リ身体ノ抵抗力減スルトキハ機関ハ防御手段ニ一部ノ欠陥ヲ生シ衰弱ヲ来タスヘシ是ニ於テ病源ハ其ノ欲スル所ヲ占領シ病的戦闘ヲ開始ス其ノ病ニハ一般普通病モアリ又伝染病モアリ而シテ之ヲ初発ノ時機ニ微細ノ徴候ニ依リ発見シ以テ大災厄ニ陥ラシメサラムカ為ニハ鳩取扱者ハ屢鳩ヲ手ニ取リ観察力及熟考力ノ全部ヲ傾注シテ細心視察スルヲ要ス 鳩カ脊ヲ丸クシ頭ヲ下ケ目ヲ閉ツルトキ、羽毛光沢ヲ失シ体ニ密着セサルトキ、羽ニ有スル白キ細粉（脂気アルモ手触ニテハ感セス此ノ粉ハ羽ニ著ク水ヲ弾クノ用ヲ為ス）カ体ヨリ落チ其ノ補充付カサルトキハ既ニ罹病セル徴候ナリトス然ルトキハ其ノ鳩ハ直ニ隔離シ精力ヲ尽シ根気善ク看護ニ手ヲ尽スヘシ 若伝染病ノ疑アルトキハ直ニ石灰乳ヲ以テ鳩舎ヲ消毒スヘシ石灰乳ニハ其ノ一「リットル」中ニ十分ノ一「リットル」ノ硫酸石灰又ハ珈琲匙二杯ノ石灰酸ヲ加フルヲ可トス 鳩ノ疾病ノ大部ハ消化器系統ニ属ス（其ノ他炎症、病毒伝染、中毒モアリ）故ニ直ニ軽キ重炭酸曹達ヲ加ヘタル牛乳ヲ以テ養フヘシ 牛乳ハ最良ノ消化剤ニシテ而モ二、三日間鳩ヲ養フニハ十分ナル滋養ヲ有ス 左ニ鳩ノ主ナル疾病及之ニ対シ一般ニ用ウル療法ヲ述ヘム
第九章 手術 鳩取扱者ノ自ラ行ヒ得ヘキ外科手術ハ甚タ狭キ範囲ニ限ルモノトス鳩取扱者ノ有スル器械ハ甚タ粗末ニシテ又解剖学上ノ智識モ豊富ナラサルヲ以テ施シ得ヘキ手術ハ左ノ四種類ニ過キス 一 骨継キ 二 銃傷、猛鳥ノ爪傷、電線ニ依ル傷ノ手当 三 嗉嚢内ニアル異物ノ除去 四 腫物ノ治療 一 骨継キ 折レタル両部分ヲ精密ニ著ケ全体ヲ平常ノ位置ニ持チ来タスヘシ此ノ際骨ノ重ナリ合フコトナキ如ク注意スヘシ細キ副木三本ヲ作リテ之ヲ以テ骨折部ヲ取リ巻キ骨ノ移動ヲ避クヘシ其ノ上ヲ紐ニテ締ムヘシ但シ血液ノ循環ヲ妨クル程度ニ固ク締ムヘカラス然ル後鳩ヲ籠ニ取ルヘシ十五日ヲ経ハ鳩舎ニ戻シ危険ナキモ副木ヲ取ルハ三週間後ニ於テスルヲ安全トス 二 銃傷 傷ノ周囲ノ羽ヲ取リ去リ次テ清潔ニ手ヲ洗ヒ傷ヲ捜リ創口ヲ開キテ弾丸ヲ抜クヘシ碎ケタル肉部ハ切リ去ルヘシ創口ニ「ヨジウム」丁幾ヲ薄ク塗布スヘシ（石炭酸ハ厳禁ス）若シ嗉嚢ノ貫カレタル場合ニハ縫創針及麻糸トヲ用ヰテ継キ合セ（重ネサルナリ）縫合スヘシ但シ総テ此等ノ材料ハ予メ水ニテ煮ルヲ要ス 三 爪傷及電線ノ傷 先ツ硼酸水或ハ酸素水ニテ洗ヒ次ニ創口ノ周囲ニ「ヨジウム」丁幾ヲ少シク塗布シタル後前述ノ方法ニテ縫合スヘシ但シ此ノ際縫ヒ目ノ中ニ羽ヲ縫込マサル様注意スヘシ 四 嗉嚢内ノ異物除去 切開ヲ行フヘキ部分ノ羽ヲ取リ去リ手ヲ清潔ニ洗フヘシ切開刀又ハ好ク研キタル「ナイフ」ニテ長サ二珊米ノ切リ口ヲ設クヘシ異物ヲ切リ口ノ部ニ引キ寄セ之ヲ取リ去リ創口ノ周囲ニ「ヨジウム」丁幾ヲ塗布シ前述ノ方法ニテ元ノ如ク縫合スヘシ 五 腫物ノ治療 切開刀又ハ好ク研キタル「ナイフ」ヲ以テ腫物ノ頂部ニ十字形ノ切口ヲ設ケ指ヲ以テ圧シ内部ノ液汁ヲ圧出シ次テ硼酸水又ハ酸素水ヲ以テ創口ヲ洗フヘシ創口若二珊米以上ナルトキハ二針縫合ヲ行フヘシ然ラサル場合ニハ縫合セサルモ創口ハ自然ニ癒合ス 前記各種ノ創口ハ示シタル方則ヲ守リ丁寧ニ取扱ヘハ数日後ニハ癒合スルモノナリ凡ソ鳩ノ傷ハ甚タ速ニ治癒スルモノナリ 第十章 寄生虫 鳩舎ニハ或ル種類ノ寄生虫発生シテ鳩ヲ苦ムルコトアリ其ノ最普通ナルモノヲ虱、蝿、Acarus（蛛蜘ノ類）赤だに、だに、羽虫トス是等ノ寄生虫及之ヲ撲滅スヘキ便法ハ以下述フルカ如シ総テノ場合ニ於テ毎年換羽ノ後冬ニ入ル前ニ於テ鳩舎ヲ根本的ニ消毒スルコト必要ナリ其ノ方法左ノ如シ 一 総テノ入口室等ヲ塞キ棒状ノ硫黄数本ヲ燃ヤスヘシ但シ硫黄ハ鉄又ハ鋳鉄ノ容器中ニ入レ其ノ下ニハ煉瓦又ハ石ヲ敷キ鳩舎内ノ処々ニ置クヲ要ス斯クシテ硫黄ノ蒸気ヲ四十八時間鳩舎内ニ籠ル如クス 二 巣、止リ木其ノ他総テヲ取リ除キ得ル部分ヲ分解シ壁其ノ他固定ノ部分ヲモ落チナク刷毛ヲ懸ケ然ル後全部ヲ石灰乳（一「リットル」ニ石炭酸珈琲匙二杯分ヲ投シ）ヲ以テ消毒スヘシ
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