ある愛鳩家の誓い (『愛鳩の友』〈平成十七年十一月号〉のエピローグより)


表紙

題名
愛鳩の友
著者

出版
愛鳩の友社

平成十七年十一月十日発行
備考
平成十七年十一月号


エピローグ

◎東京・靖国神社の敷地内には軍馬、軍犬、軍鳩の三体の像が建てられている。先の大東亜戦争で貢献した軍用動物の御霊を慰めるのが目的である。
◎毎年、敬老の日に、軍鳩の像の前でおこなわれている行事がある。鳩魂塔慰霊祭である。当日は日本鳩レース協会、日本伝書鳩協会他、関係者一堂が集まり、白鳩百羽を放鳩する。その慰霊祭を締め括る催しに参拝客は感慨深げな視線を寄せる。取材に訪れていた私も同じだった。快晴の空へ飛び立って往く鳩達に、かつて砲煙弾雨の戦場で奮闘した軍鳩をオーバーラップさせた。
◎通信技術が今ほど発達していなかった当時、軍鳩は重要な使命を帯びていた。刻々と移り変わる戦況報告の他、時には包囲された部隊が救援を呼ぶために放鳩することもあった。兵士の命を救うほどの働きを見せていたのである。しかし、どこの組織でも差別が存在する。「輜重輸卒が兵隊ならば蝶々、蜻蛉も鳥のうち、電信柱に花が咲く」とは、輜重兵を軽んじる歌の文句だが、鳩兵も似たような地位に甘んじていた。何をやっても駄目な落第兵が鳩係を仰せつかるのが軍隊内の常識だった。零戦の元パイロット達の戦記が読み切れないほど出版されている一方、鳩兵の従軍記録がまったく本になっていないのはそこら辺の事情が関係している。華々しさとは無縁な読み物に世人は見向きもしない。軍用鳩に興味を抱く者としては耐え難い現状である。憂慮した末、個人的に資料を集め、いつの日か同人誌やホームページなどの媒体を利用して軍鳩の歴史をまとめようと思い立った。二十代の青年が貰える給料のことなど忘れ果て、武知彦栄海軍大尉の「伝書鳩の研究」、同著書の「鴿の飼い方」、岩田 巌騎兵少佐の「伝書鳩」等々、値の張る稀覯本を蒐集した。しかし、戦前戦中に出された「普鳩」などの雑誌がなかなか手に入らない。こうなれば、国立国会図書館に望みを託すのみである。目当ての本が収蔵されていればと、次の連休までの日数を指折り数えながら、胸を躍らせている。
(パイド)

*補足(藤本)
 こんなこと言うんじゃなかった。
 でも、男に二言があってはならない。
 三、四十年後に完成する予定なので、気長にお待ちを。

*補足二(藤本)
 本文中に「輜重兵を軽んじる歌の文句うんぬん」とあるが、正確には「輜重輸卒を軽んじる歌の文句うんぬん」と記すべきであった。輜重兵がれっきとした兵科の兵隊であるのに対し、輜重輸卒は単なる軍夫だからだ。
 ただし、兵站を軽視する軍は、輜重輸卒のように輜重兵をも軽んじていたので、その意味においては、私の文章は間違っていない。

*補足三(藤本)
 「武知彦栄海軍大尉の『伝書鳩の研究』、同著書の『鴿の飼い方』、岩田 巌騎兵少佐の『伝書鳩』等々、値の張る稀覯本を蒐集した」と、私は書いているが、大げさな言い回しであった。撤回したい。
 これらの書籍を買った当時は、今ほどインターネットでの購入がポピュラーではなくて、私は地道に各古本屋を訪ねている。
 伝書鳩の古書を扱っている店がなかなか見つからず、足の裏にまめができるほど歩き回った。そして、やっとこさ見つけた、神田の某書店で、一冊一万五千円から三万円くらいする本を金に糸目をつけずにあるだけ全てを買った。それなので、ついつい値の張る稀覯本などと記してしまった。
 武知彦栄の『伝書鳩の研究』や岩田 巌の『伝書鳩』なら、探せば必ず見つかるし、一万円もあればお釣りがくる。たいした本ではない。しかし、武知彦栄の『鴿の飼い方』はあまり見かけない。この本だけは稀覯本と言っても差し支えないと思う。



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